844 :アトルガンの娘 ◆6/PgkFs4qM:2008/08/24(日) 22:55:48


 直後、回路を迸る電流より早く導き出される一つの回答。
 ここは退く――――
 彼女が如何なる意図で私と事を構えるに至ったか腑に落ちないが、
 いずれにしろ、
 幾度も同じ屋根の下で床を共にした仲間と剣を交わすなんて考えられない。
 情がある。己と同じく伝説にまで語り継がれる武勇への敬意がある。
 そして何より、彼女を斬ってしまえば、桜が悲しむ……。
 瓦礫と化した壁面を挟んで手を押しやり、
 軋む体を無視して両脚を支えに立ち上がる。
 この行き詰められた状況で
 彼女程の技量の持ち主を前に背中を晒すことがどれだけの無謀か、
 そんなもの十分すぎるくらいに理解していたけれども、
 それ以上に私は望まない戦で己の剣を振るうことはしたくなかった。

「……逃げるのですか?」

 図星を突かれ、緊張に引き締まる心臓が一際高く脈打つ。
 ただ転倒から立ち上がっただけだというのに、
 体の微細な動きを読み取り、
 私がこれより踏み切ろうとする行為を目敏く看破するライダー。
 あらかじめ想定していた事とはいえ、
 やはり彼女の目から逃れるということは容易なことでないらしい。

「――――ええ。生憎ですが、私は貴女と戦う気などない」
「再度国を捨てて?」
「……っ!」
「いえ、失言でした。今の私に貴女を非難する資格などない……。
 先程の発言は忘れてください」
「…………」

 彼女と私を繋ぐ鎖の円環が小刻みに揺れ、
 無骨な金属同士が擦れ合う音と共に、
 私の首元から彼女の手元へと振動が伝わっていく。
 そうだ。私は……私が剣を執り戦っていたのは、
 この国を私の治めていた国の二の舞にさせない為ではなかったか。
 皇国に住む民の為。肩を並べて戦ってくれる戦友の為。
 ――――本当に、私はそんな欺瞞で戦乱に身を投じていたのだろうか。
 単に私は、滅んでしまった自分の国を救いたかっただけなのではないか。
 ただ、臣を、国を滅ぼしてしまった王の責務から逃れたくて、
 もうどうしたって手に入れられないモノが欲しかっただけ……。

「く、う……」

 そんな答えに辿り着いた途端、目頭は熱く視界を霞め、
 腹の底からは嗚咽に従って憤怒に近い波の奔流が湧き上がり、
 体は胸を中心にして言い様の無い痛みと戦慄に襲われる。
 ぶつけたい。この不安と空虚さを一刻も早く解き放ちたい。
 でないと私は…………私でいられなくなる。

「…………セイバー!」

 腰を落とし、あらん限りの魔力で身体を強化して鎖を引っ張るものの、
 互角の綱引き状態となったのは一瞬のみ。
 一時的に筋力を増加させたライダーの怪力の前には悲しいくらい無力で――――
 もう三度私は宙を舞い、その都度身体は石張りの地へ叩き落された。
 吐き出す涎には既に血が混じり、視界を歪ませる眩暈は耐え難い程に不快だ。
 もう、私は……

「……宝具はどうしたのです? 貴女の“エクスカリバー”があれば、
 そのような鎖の戒めなど童子の戯れに等しいでしょうに。
 どうして。どうして……私に宝具を使ってくれないのです……」

 薄れる意識へ確かに知覚する、ライダーへと近付く何者かの影。

「止めを。メドゥーサ」
「……はい。ステンノ姉さま」

 我が主に巡り会うことも出来ず。国を救うことも叶わず。
 結局、私がこの世界へ来て得られたものといえば、
 終わりの見えない戦いへの苦しみと少年を探すことが出来ない己への無力感、
 そして途方も無い徒労だけだった。
 瞼を隔てた先に映るのは、赤い衣を纏った誰かの悲しそうな顔。
 私が最後に思い描く少年の顔は……。
 ああ、でも――――もう、何も、考えられ、 ない。


DEAD END



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最終更新:2008年10月08日 16:51