927 :アトルガンの娘 ◆6/PgkFs4qM:2008/09/01(月) 21:48:55


「……ライダー……」

 かつて互いに肩を並べあった英雄が
 以降の戦場において敵となることなど決して珍しいことではない。
 自身の指標が違えて衝突することになれば、
 例え友であろうと力の限り打ちのめし、足を前へと踏み出す糧とする。
 そも、英雄とは他者を蹂躙して霊格へと成し上がった者だ。
 ましてや眼前に在る彼女はゴルゴンの伝説を築き上げた一等の英雄。
 三姉妹の末女。石化の魔眼、メデューサ。
 そして、遥か神代の世を超えて現世に召喚された騎兵の位を冠する者。
 口から漏れ出る消沈の溜息は一回きり。
 ……許されるものならと、ただ一回だけ。
 だらしなく開かれた掌はもう無様な姿など晒していない。

「――――風王結界(インビジブル・エア)」

 呟きと同時に握られた拳からは風の渦が笛を吹き、派生した余波は徐々に力を有し始め、
 首に繋がれた鎖をカチャカチャと震えるように打ち鳴らす。
 顔より僅かに露出した微笑む口元も、今はもう一片の親しみすら感じていない。
 ただ癇に障るものがあるとすれば、
 結局の所、こういう関係にしか行き着かない私達の間に存在する不当な因果でしかなかった。
 指を掬い上げる様に曲げ、
 その動きに呼応した風は数間先に落ちた無銘の剣を地より拾い、
 佇むライダーの横を射られた矢の如く飛ばし、こちらの手元へと吸い寄せる。
 もたげられた剣先は目の前に据えられた心臓へ重なるように構え、
 両の眼は彼女の動きを仔細に伺うべく鋭い光を宿らせる。
 ――――斬る。
 今我が心にあるものは、立ちはだかる『敵』を断つ覚悟のみ。

「……感謝します、セイバー」
「貴女は愚かだ、ライダー。
 如何なる事情があるのかは知りませんが、
 貴女はそうやって自分を騙しながら生きていくしかないのですね」
「貴女に言われるまでもありません。
 義に反するというのならば恨んでくれて構わない。
 ですが、こればかりは譲れない。私が私である限り。
 決して逃れることなど出来ないのです」
「何故、貴女程の者が魔物の軍勢になど……」

 返事はなく、あるのはただ、こちらに向けて放たれる確かな殺意のみ。
 額から垂れた汗粒がこめかみと頬を伝って顎へ雫を作り、宙へ綺麗な球を落とす。
 まず私へと成された最初の攻撃は、
 当然のことながら首へと巻き付かれた鎖を用いたものであった。
 首にかかる鈍痛と浮遊感を知覚するより早く己の体は宙に在り、
 先程の怪力を用いた投擲を尚も超える風圧は全身を揺るがせ、
 刹那が過ぎ去る後に残されるものは地を割る音と骨を砕く音でしかない。
 事実、筋力を一時的に増加させたライダーの怪力は
 魔力補給の経路が断たれた私では到底太刀打ち出来るものではなかったし、
 鎖で戒められた状態を省みても、剣のサーヴァントである私と互角以上に白兵戦を挑むことが出来よう。
 だが知るがいい、ゴルゴンの女神。
 『セイバー』のサーヴァントは剣を手にしてこそ真価を得る。
 私を殺すのならば、素手である瞬間が最大の機会であったという事を。
 視界が地へ迫る中、身体を猫のように反転させて刀身を前に突き出し、
 首に掛かった鎖を挟みながら地表へと叩きつける。
 そして、割れた鉄の音が耳に届くより早く足は高みを目指して天へと跳ね、
 地面より垂直に聳え立つタイルの壁を蹴って更に高く上を目指す。
 高揚で頭が沸騰しかねない。
 今対峙している者は、そこらにいる魔物の雑兵ではなく、
 私と同じく一つの伝説を築き上げたサーヴァント。
 左手に収束された風の糸を広げ、十分な加速を持って眼下の黒衣を纏う彼女を狙い投げつける。
 予想通りと言うべきか、その場で舞った物は砕かれた敷石だけで、
 最速のサーヴァントはしなやかな脚で地を駆け、既に視界の外へと姿を消していた。

「――――セイバー!」
「――――ライダー!」

 屋根から屋根へ影が残像を残して飛び交い、
 私もそれを追って脆いレンガを踏み抜きながら破片を纏って天を走る。
 目標を外した一撃の空振りが触れずと人工物を抉り、
 必殺の一撃を避ける度に音速を超えた風圧がソニックブームを呼び起こして周囲の造形物を瓦礫の山と化す。
 その破壊は留まることを知らず。その威武は収まることを見せず。
 サーヴァントとは人間ではない。
 人知を超えた何かだ。

「――――っ」

 やがて戦闘領域は皇都を外れ、
 戦場の音が遠のいたことに不審を抱いて辺りを見回せば、
 いつの間にやら石の建物は消え失せ、代わりに緑豊かな木々が視界の全てを占めていた。
 皇国近郊のワジャーム樹林。
 最近になって知ったことだが、ワジャームとはアトルガン語で『豊穣なる』の意を持つ。
 その名に偽りなく、巨大な巣を作る蜂や鳥など樹林に育まれた豊かな動物に恵まれ、
 常時ならば消耗品の素材を求める冒険者達で溢れかえっている場所だ。
 今は蛮族軍の侵攻により彼らの姿は見えないが……
 だというのなら何故、ライダーはここへ……。
 だが、頭に浮かぶ些細な疑問は、数秒の後に答えを示されることとなった。
 水平線を遮る木々からゆっくりと姿を現す白い翼。
 無垢なる翼をはためかせて木の頂より覗かせるは穢れ無き白い頭部。
 柔らかな翼はその印象に違わず優しい風で地に揃う草を揺らし、
 撫でられる首に応じて荒い鼻息を鳴らしながら歌を歌う。

「貴女は……そうまでして……」

 かつて神話の時代、首よりこぼれた血の雫により生を受け、
 英雄とは異なる次元で伝説を築き上げた幻想種。
 汗にぬめりを帯びる肌と震える唇はこれより訪れる結末を予知してしまったから。
 以前の私ならばともかく、宝具を失った今の私にこれを迎え撃つ用意など……ない。

「騎英の手綱(ベルレフォーン)」
「貴女は……貴女という人は、そうまでして……魔物に味方するというのですか!?
 積み上げてきた誇りを捨てて! 私や桜を裏切ってまで!」
「勝たなければならない理由があるのです。
 ……それが正しい行いだとは思っていない。
 だから、セイバー。遺恨があるのなら遠慮はいらない。どうか私を恨んでください」

 ならば受ける痛みと死の等価を求めて構わない、と。
 己に注がれる憎悪を是とした直後――――
 ペガサスは体表よりも尚白い閃光に染まり、
 昼間の夜明けが樹林を照らす中、地へ落ちる流星と化した。



Ⅰ:風王結界で防ぐ
Ⅱ:鎧を解いて避けることに全力を注ぐ
Ⅲ:アーチャーに助けを求める


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最終更新:2008年10月08日 16:53