954 :アトルガンの娘 ◆6/PgkFs4qM:2008/09/05(金) 00:19:24


 それは人では成し得ない貴さと破壊を兼ね備える奇跡の具現だった。
 目を眩ませる光芒は視界を奪うだけに留まらず、
 無数の輝線は実体を持つに至り、
 鋭利な針となって網膜の壁を幾重と焼き焦がしていく。
 白き塊が天に弧を描いて降下していく様は、まさに流星の如く。
 最速のサーヴァントの名に恥じないその姿は地を駆ける生物を超えて星となり、
 天界を追放されたとはいえ、女神の名に偽り無い奇跡を体現していると言えただろう。
 誰にも追い付けず。誰よりも貴く、速く。
 それは騎兵の位を与えられた自負に勝る矜持であり、彼女自身、制御出来ない感情だったに違いない。

「――――、ア」

 ならば、これをどう凌ぐ。
 否、どう凌ぐかという問いは正しくない。
 ランクAに相当する直感の技能は、予測や対策といった思考順序を飛ばして、
 既に一つの結論に辿り着いていた。

“――――コンマ数秒の後に残される物は、深く抉れた地面だけ”

 これは回避が成功したという都合の良い未来じゃない。
 私の姿が映っていない結果が示すのは、間一髪攻撃を避けて逃げ切ったという意味ではなく、
 その真逆、一片の細胞も残さずに私の体は蒸発するという事実。
 直撃すれば、残される物なんて欠片も有り得ない。
 それがライダーの有する対軍宝具の威力だった。
 ――――ならば、これをどう凌ぐ。

「……チャ」

 間断なく視界を埋める光は尚も白く輝き、
 目を刺す棘は時間を経るにつれて鋭く長く瞳の奥へと食い込んでいく。
 滾る脳裏を掠めるのは、何時だったか、私を守る盾になると微笑みながら語ってくれた彼の姿。
 なればこそ、その誓いを今。
 成すべきことを成せぬまま、私はここで命をくれてやるつもりなどない。

「アーチャー! 盾を……っ」
「――――ああ、任された」

 呼び掛けに応じて私から光を遮るかのように立ちはだかる大きな背中。
 淀みなく寄越された返事が言い終わるや否や、四方に展開されていく七枚の花弁。
 熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)。
 攻防は一瞬。
 一層深く煌く流星と花弁の衝突は、衝撃のみで周囲の木々を薙ぎ倒し、
 盾を挟んで尚、その威力の一旦を垣間見せられる。
 ぶつけ合う互いの一撃の威力は対城宝具の解放に引けをとらない。
 宙を飛び交う野鳥の囀りもまた一瞬。
 かつてトロイア戦争の英雄アイアスが所有していた七枚重ねの盾は、
 光の威圧を完全に遮断し、迫る流星を花冠の如く包み込み、相殺することで己の役割を全うした。
 畏怖すべきは対軍宝具をも受け止める盾の堅牢さか。
 もしくは、音速で移動する私達から付かず離れず距離をとり、
 あらゆる事態を想定して予め宝具を投影し終えていた弓兵の卓越した戦巧者ぶりか。
 私ですら息を呑むその鬼気は、まさしく彼が一流の戦士であることの証明に他ならないだろう。

「生き残るのは……」
「…………」
「この世の真実だけだ。真実から出た誠の行動は決して滅びなどしない。
 俺が英雄となった現在も。かつてのお前が己のマスターに抱いた想いも。
 そして今のお前の行動が真実から出たものなのか? それとも上っ面だけの邪念から出たものなのか?
 それはこれからわかる……」

 刻み込むは八節の詠唱。
 投影から間髪を入れず咆哮する魔術回路。

「――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」
「アーチャー!? 固有結界を使うのですか!?」
「Steel is my body,and fire is my blood(血潮は鉄で、心は硝子)
 I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗)
 Unknown to Death.(ただ一度の敗走もなく)
 Nor known to Life.(ただ一度の理解もされない)」
「チッ」

 ライダーの頬から一筋の汗が垂れる。
 宝具とは英雄それ自体を表現するシンボルだ。
 彼の者が経てきた伝承や栄光、風聞が凝縮して形を得たと言っても過言ではなく、
 それ故に、秘蔵の奥の手であると同時に自身の弱みを晒すという意味も含められている。
 だが、その原則ですら、弓兵を躊躇させるまでには至らない。
 彼を死角に追いやるものがあるとすれば、それは――――。

「む、これは……?」

 彼方より響く八節の詠唱を妨げる法螺の音。
 それが意味することは、一つの真実。

「終わりです。セイバー。アーチャー」
「どういう意味だ? ライダー」
「死者の軍が撤退していく様が見えます。
 戦は終わった。どうやら今回の侵攻に皇国軍が耐え切ったということらしいですね」

 慌てて皇都の方角を見据えれば、
 戦の痕跡であろう黒い煙こそ幾つか立ち昇っていたが、
 先程より耳を木霊していた怒号は嘘のように静まり返っていた。
 知らずと内より生じる歓喜が、汗に濡れる頬を肩を柔和に緩ませる。
 今回も皇国軍は勝利を手にすることが出来た。
 そして、今私達が合い争う理由も最早……

「いえ、それは出来ません。私には死者の軍に居続けねばならない理由がある」
「どうして!? もう聖杯戦争は終わったのですよ! 私と貴女が戦う理由など!」

 苛々する。彼女という人間が、憎らしくて堪らない。
 戦いたいなら戦えばいい。敵になりたいというのなら敵になればいい。
 拒む理由など欠片もない。挑むのなら、一切の例外なく臆さず受けようではないか。
 けれど、ただ一つだけ許せないものがあるとすれば。
 どうしてそんなに――――

「――――忘れませんか?」

 ――――貴女は泣きそうな顔をしているのだろう。

「……何だと」
「今までのこと。聖杯戦争でのこと。
 衛宮邸で過ごした日々。サクラのこと。士郎のこと。貴女のこと。
 全て。何もかも……無かったことに」
「ふざけるな、ライダー。
 その様な都合の良い解釈、私は決して認めない。私は……」

 ライダーは答えず、言い終わるより早く木の頂へ飛び移る。

「サクラをお願いします、セイバー。
 そして同じく伝えて頂けませんか。忘れて欲しい、と」

 言いたいことは山ほどある筈なのに。
 次の言葉は腹立たしい程に見つからず、
 彼女は寂しげな笑顔を向けたまま、背を向けて風と消えた。

「…………」
「…………」

 滑稽にも。
 サーヴァントが二体も肩を並べる状況にありながら、
 数分の時間を経た今でさえ出すべき言葉が見つからない。
 果たして過ぎ去った危機に安堵すべきか。果たして抜け落ちた心の穴を嘆くべきか。

「……そういえば、礼がまだでしたね、アーチャー。
 その、ありがとうございました。貴方が駆けつけてくれなければ、私は恐らく……」
「いや、ああ見えて危うかった。
 ライダーの宝具を防ぐ際に私の魔力は使い果たしてしまったからな。
 ハッタリでもしなければ切り抜けられない状況だったよ」
「ハ、ハッタリ、ですか? まったく、貴方という人は……」
「ふむ。呆れる前に、死にたくなければ薮に隠れろ」
「は……?」

 彼の言葉を理解するよりも早く、直感は疲弊した身体を後方へ突き飛ばし、
 次いで視線の先を追い求め、疑念の正体を確認する。
 数多の樹林を越えた先に存在したのは、先程矛を交わしたラミアの群れとは一風違った、
 全身を膨張した筋肉に包む妖精達の姿。
 一匹……二匹……否、数を数えることなんて無意味な行いに過ぎない。
 それは斥候などといった偵察に収まる数ではなく、
 全身を覆う金属鎧然り、肩に担いだ巨大な両刃斧然り、明らかに侵攻を目的とする群れを成していた。
 そして、その数は先程の死者の軍より勝るとも劣らない。

「馬鹿な……トロール傭兵団だと!?
 有り得ない、死者の軍と連続して侵攻して来るだなんて……」
「だが現に奴等はここに居る。
 以前より敵同士の連携が緻密になってきたのか?
 それは分からないにしても、我々が危地に陥っているという事実は変わらないが」

 冷や汗が額や背中を不快に濡らし付ける。
 宝具を展開したアーチャーは言わずもがな、ライダーとの戦闘を経た今の私共々、
 この戦を乗り切るだけの残存魔力は涙が込み上げてくる位に乏しい。
 このまま奴等に挑んだ所で返り討ちにされるのが関の山。
 だが、だとすると同じく一つの戦を経て疲弊しているであろうアトルガンの人々は?
 汗は留まることなく服に染みを広げていく。
 我が主に再開しないまま、ここで死ぬつもりなど毛頭ない。
 しかし、ならば私は一体、どうすれば……。

「このまま隠れてやり過ごすぞ、セイバー。
 今出て行った所でむざむざ死にに行く様なものだからな」



Ⅰ:隠れる
Ⅱ:皇国へ戻る


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最終更新:2008年10月08日 16:53