532 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/07/24(木) 02:08:54
既に急ぐ必要はなく、白馬はゆったりと桜たちの居る船へ近づいていく。
冷えた風がライダーの髪を撫でる。慎二の鼻腔に、軽やかな香りが広がった。
「いいか、僕らは確かめに行くだけだからな。
遠坂のサーヴァントが盾のイレギュラークラスかどうかを訊きに行くだけだぞ。
喧嘩を吹っかけるなよ? 絶対にするなよ?」
慎二は湿った目で言った。
よほどの好機でない限り戦闘を避けるべき。その考えは今でも変わっていない。
ライダーは基本能力が高くない。勝とうとすれば、当然のように宝具に頼ることになる。
白馬だけでなく、もう一つの宝具にも、だ。
ライダーの勝機は、その宝具をどう使うか、という点に懸かっているのだ。
闇雲に使用して、情報を与えることだけは避けねばならなかった。
だがそれを理解しているのか、ライダーはやけに明るく笑っていた。
「おまえ、本当にわかってるんだろうな?」
「うむ、任せろ。貴様も逞しくなったものだな」
「……その答えが返ってくる時点でおかしいんだよ。僕は戦うなって言ってるんだぞ?」
「この国に『お約束』という文化があることぐらいは、とうに理解している。
最後に“絶対にするな”と言うときは、逆の事態を期待しているのだろう?」
「ハッ……やっぱり全っ然わかってないじゃんかぁ」
慎二は頭を抱えた。
ライダーが首を傾げる。妙に愛敬のある仕草だった。
「ぬ。この場合は違うのか。それとも、これも含めて『お約束』か?」
「違うに決まってるだろ! 余計な情報ばっかり仕入れてるんじゃねーよ!」
「そうか……残念だな。
マスターお墨付きで叩きのめす機会が訪れたのかと思ったのだが」
ライダーは言葉を切って、川面の船に視線を下ろす。
船上には、白い甲冑で全身を覆ったサーヴァントが居た。
「そういう訳でな。今の我らは戦う気は無いのだ」
心底がっかりした表情で、ライダーは言った。
ため息をつき、慎二を責めるように睨んでいた。
その姿はどう考えても、いじけた子供にしか見えなかった。
「何がそういう訳なのか判りませんが、戦意が無いのは理解しました」
白い騎士は泰然としていた。
突然現れた女の、不可解な言動に動じていない。
突飛な行動に耐性が付いているのかもしれない。
「では、何故私たちの許へ?
残念ながら、今は貴女たちとの話し合いに応じられませんが」
騎士は、去れ、と言外に伝えていた。
それを見下ろし、ライダーは不敵に笑った。
「確かに今は無理だろうな。――マスターが『収まっている』状況では」
空気が、ピンと張り詰める。
甲冑の上からでも、騎士の体に緊張感が増していくのが見て取れた。
「私の目は遠くも捉える。『盾』を使ったのは、しかと見えた」
「……それを告げるために、わざわざ此処へ?」
「いや、確認だ。貴様がどのようなサーヴァントなのかを」
「私が答えると思うのですか」
「答えを聞く必要はない。私のマスターが貴様を視認した。
聞き出せる以上の情報は得ている」
「あ」
慎二は間の抜けた声を出した。
偽臣の書はマスターの権利を委譲する。
それに触れてさえいれば、慎二にもサーヴァントのステータスが判るのだ。
そんな基本的な事に、今まで慎二は気付かなかった。
「恐らくは盾の英霊よ。騙し討ちのようで、悪いな。
だが、私にも事情があるのだ」
ライダーは得意げに笑い、白馬に脚を入れる。
「余計な情報ばかり、か?」
「……ふん」
走り出した白馬の上、慎二は口先を尖らせた。
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最終更新:2008年10月08日 17:16