桜の指が、少年の指と触れ合う。
剣を握るためにか、やはり節々が硬くなっている。
しかし、確かな温かさを感じられた。
婦人をエスコートする紳士の如く、少年が桜の手を引く。
このサーヴァントは何なのだろう、と桜は思った。
彼の振る舞いのために、川辺にある寂れた公園が舞踏場にすら見えてくる。
侘しい街灯から注ぐ光で、木枯らしの塵がきらきらと輝いていた。
「私は盾の英霊。貴女を守り、勝利へと導く者です。
我がマスター。名を、お聞かせ下さい」
手を取ったままで、真顔で見つめられた。
桜は戸惑った。止めればいいのか、吹き出すところなのか、逃げるべきか。
しかし少年は至って真面目な顔で、真摯に桜の答えを待っていた。
「……桜、
遠坂桜です」
「サクラ。花の名ですね」
少年が微笑み、桜の許に跪いた。
大人しい顔に似合わぬ強引さで、桜の手を放さなかった。
驚いたのは桜である。心臓が跳ねる度に、脳みそをグラグラと揺らされている気がした。
「マスター・サクラ」
「は、はい」
「我に与えられし役割は守り手。
今より貴女を守ることを誓おう。それこそが我が願い。
天土の反転せぬ限り、星が海を乾さぬ限り、我が剣は貴女に捧げられる。
貴女は我が主、我が誉れ。必ずや御身に勝利の栄光を」
少年は頭を垂れて、誓いの言葉は淀むことがなかった。
気障である。照れもない。英雄というのは、心臓に毛でも生えているようだった。
桜とて、嬉しくない訳ではない。
御伽噺のヒロインのようで、えも言われぬ昂揚感があるのは確かだ。
現に、桜の口からは、フヒヒという屈折した笑みが零れていた。
「……契約は、ここに完了しました」
気付くと、少年は不安そうに桜を見ていた。
桜は一度、口を閉じた。それに伴って、辺りに響いていた不快な物音も消え去った。
居心地悪そうに、少年が立ち上がる。
煌びやかな空間は消え失せ、放置されたバイクの横で野良犬が用を足していた。
「やはり貴女は個性的だ。
生前に多くの際立った人物たちと出会いましたが、貴女はその中でも指折りです」
少年が微笑を湛えながら、ため息をつく。
たおやかな曲線を描く瞳が、篭められた愛情を示していた。
「私には、それが羨ましくて仕方がありません」
「……なんですか、その言い方。貴方だって充分に個性的ですよ?」
桜は憮然として言った。
誰だって、おまえだって変人なのだ、という主張である。
少年は力なく笑った。
「そうあれば、本当に素晴らしいことです」
「いえ、ですからー」
指を立てて少年に詰め寄ったところで、桜の首筋に悪寒が走った。
強烈な魔力の波動。その方向に振り返った。
「海……?」
港に工房がある。綺礼はそう言った。
あの神父は人の不幸を最上の娯楽とするが、嘘だけは吐かない。
「でも一般人を襲っていた魔術師は、アサシンに殺されたはずなのに……」
「その考えは如何でしょうか。
確かに、実行犯という意味においてならば、正しいのかもしれませんが」
「どういうことです?」
「私の推論を語るのは易いですが、真実は確かめねばなりません」
「……まずは港に向かおうってことですね?」
「はい。推察に関する説明は、その道中でも行えるでしょう」
桜は港の方角を睨みつけた。
再度、魔力の波が桜の肌を打つ。
何かが起きている。それだけは間違いなさそうだった。