604 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/06(水) 21:30:33
アンモニア臭を撒き散らしながら、古びたバイクは走っていた。
キーロックは『影』の指が解除した。
しかしスロットルを捻るのは桜ではなく、桜のサーヴァントである。
残念ながら、桜には運転が出来なかった。
一応の知識はある。二輪免許を取ろうという意欲ゆえに、勉強はしていたのだ。
しかし実践となれば、話が違う。
果敢に挑んだ桜は発進に失敗し、見事に公園の植木へダイブした。
潰れた蛙に似た状況下で、桜は自分でバイクを駆ることを断念したのだった。
「いいなー、騎乗スキル」
桜は少年の背に抱きつきながら、呟いた。
低ランクながら、騎乗スキルは初騎乗に安定した走行を可能とさせている。
その背にしがみつく桜は、さながらコアラのようであった。
「マスター。無辜の人々を襲う魔術師について、私の推論をお話をしてもよろしいですか」
少年がミラー越しに桜へと話しかける。桜は首肯した。
年頃の少女が背後に密着しているというのに、少年は平常を保っていた。
きっとED(こころのびょうき)なのだろう、と桜は思った。
あるいは同性に欲情を感じるタイプだ。それも一つの価値観、否定する気はなかった。
「おそらく、アサシンは件の魔術師と関係があります。
船上での出現は、タイミングがあまりに良すぎた。
捉える前から既に、あの魔術師の側に居たとしか思えない。
だとすれば、考えられるのは二つ。彼を殺すつもりだったのか、それとも」
「協力関係にあったか、ですね」
「はい」
「でも綺礼おじさんの話では、襲ってる魔術師はマスターじゃないって。
あの人、嘘だけは吐かないんです」
「嘘ではないでしょう。現実に、私たちの捕らえた魔術師は令呪を持たなかった。
しかし先ほども申しましたが、それは実行犯という意味においてです。
貴女が尋ねたのは『一般人を殺している魔術師について』でした。
あえて一人に限定すれば、それは直接殺めている者のことでしょう。
仮に、その所業が複数の魔術師によって行われていたとしても」
「う……」
嘘ではない。しかしミスリードを誘うように、敢えて情報を限定する。
綺礼の好みそうな事だった。
「け、けど。だったら、どうしてアサシンは仲間を殺したんですか?」
「遺憾ですが、囮として味方を捨て駒にするのはしばしば行われる戦術です。
ましてや敵に捕縛された味方は情報を漏らす可能性がある」
「じゃあ、初めから狙われていたってことですか」
「私はそう考えています。無論、私の予想が見当外れである可能性もあります」
「………いえ。たぶん、合ってると思います」
捕食の瞬間こそが、第三者にとっては最大の好機でもある。
餌に食いついたマスターをアサシンが殺す。それが狙いだったのか。
だとすれば、綺礼の愉快そうな表情の説明も付く。
桜が蜘蛛の巣に飛び込むのだ。綺礼にとっては、これ以上ない愉しみだろう。
「……あのモジャ、ガムテープで眉を脱毛させなきゃ」
そもそも魔術師が一般人を殺すメリットはない。
殺して『資源』を無駄にするぐらいなら、実験台に使うのが魔術師だ。
だがサーヴァントへ魂を供給できるなら、話は別だった。
桜は歯噛みした。
もし複数犯なら、殺人を止めるためには綺礼の言葉に頼るしかない。
港にあるという工房。それが唯一の手がかりなのだ。
「何にしろ、港に行くしかないですね」
「はい。そして港には、サーヴァントが居ると考えた方がいいでしょう。
どうか、その覚悟を」
道路の先に、随分と大きくなった港の姿が見えていた。
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最終更新:2008年10月08日 17:18