631 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/08(金) 19:26:03
左右から迫る白光。突風の如き疫病。
足で描いたルーンが輝き、それを消滅させる。
さらに降り注ぐ光弾を軽やかなステップで回避。
紙一重で避けた光が、纏ったスーツに煙が燻らせた。
女が夜の空を睨みつける。
魔女が不吉な鳥の如く法衣を広げ、空に舞っていた。
「あら。頑張るのね、貴女。
この前のように迂闊な真似はしてくれないのかしら?
もっとも、今度はランサーに助ける余裕はないでしょうけれど」
フードから垣間見える口元に笑みが浮かぶと同時、再び閃光が迸る。
魔女は獲物を締め付ける蛇のようだった。
圧倒的優位を自覚し、獲物をじわりじわりと追い詰めていく。
「ええ、ランサーは強いわ。それは認めてあげる。
バーサーカーと戦いになるだけでも大したものよ。
けれど罷り間違って勝てたとしても、ランサーが無事でいるのは難しい。
なのに貴女はランサーが来るまで、そうやって逃げ続けるつもり?」
魔女の指先に応じ、夜の曇天に鮮やかな図象が浮かび上がった。
絶対優位を自覚した、この場の支配者、蟻を踏み潰す巨人。
だが、その災厄を前にして、女の顔に絶望の色はなかった。
「いいえ、キャスター。
貴女の陣地の中、あの寺院に入った私はこうして生き延びている。
外に出てきた貴女ならば、私一人で充分です」
「――言ったわね。
その肩の荷に、私を倒せるものがあるとでも言うの?」
魔女が再び笑った。それは怒りゆえに。
魔女の指が翻り、何条もの光の束が女の周囲を薙ぎ払った。
「……っ!」
つんざく爆発音と目を衝く光量に、桜は怯んだ。
連綿と続く倉庫。その屋根の上での戦闘。
陰に居る桜は、恐らく魔女にも女にも気取られていない。
だが桜は胸中の恐れを拭えなかった。
魔女が自在に操る、桜とは桁違いの魔術。それを避けてみせる、女の超人的な体術。
あの戦場には見える桜の未来は不吉のみ。そうとしか思えなかった。
「マスター」
少年が桜へ呼びかけた。
兜は無いが、鎧は既に彼の体を覆っている。
「宙にある方は、サーヴァントですね?」
「……はい。キャスター、魔術師のクラスです」
聖杯戦争では最弱とされるクラスである。
だがキャスターとは、英霊にまで上り詰めた魔術師だ。
現代の魔術師が太刀打ちできる相手ではない。
最弱とされるのは、偏に三騎士、特にセイバーの対魔力の高さのためなのだ。
「確か貴方の対魔力は」
「Eランクです。あれほどの魔術の前では無意味でしょう。
私自身の持つ武具と能力で対処するしかありません」
桜は小さく舌打ちをした。
盾のサーヴァントでありながら、対魔力が最低ランクとはどういうことなのか。
「申し訳ありません。盾の英霊としての適性は、高くありませんので」
「あ、いや。別に怒ってるんじゃないです」
「左様ですか。ならば舌打ちは自重された方がよろしいでしょう。品格に欠けます」
もう一度、舌打ちをしてやろうか。桜はそう思った。
「マスター。目標はどちらでしょうか」
「え?」
「本来ならば、仲裁に入るべき場面でしょう。
しかし、聖杯戦争という状況下では致し方ない。
彼女たちを、競争相手を、排除してゆかねばなりません」
「……えーと。要するに、どっちを倒すか、という話ですね?」
「はい。私が独断専行するのは不適当でしょう」
桜は改めて、二人の怪物を見やった。
正直に言えば、尻尾を巻いて逃げ出したかった。
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最終更新:2008年10月08日 17:18