645 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/09(土) 14:31:24
「逃げよう」
桜は言った。
「二人で逃げよう。遠くで、のんびり暮らそう」
口にすると、それが魅力的なものに思えてきた。
桜はうんうんと頷いた。
だが振り返った先にあったのは、眉間に皺寄せた少年の顔だった。
彼は明らかに桜と意見を異にしているようだった。
「どういうことなのでしょうか」
「キャスターにしろ、スーツ着た女の人にしろ、戦うのは危険すぎるんです」
「撤退、あるいは戦闘回避。それに関してならば、賛否はともあれ、理解できます。
私が理解できないのは、『のんびり暮らそう』という言葉です。
貴女は聖杯戦争を自身の戦いであると言いました。
戦いに臨む事と、撤退して『のんびり暮らす』事は矛盾する」
「……そういう細かいことを気にするのはよくないですよ?」
「いいえ。これは決して些細な問題ではありません。
貴女にとっての勝利とは何処にあるのか。それは、私と深く絡まり合うものです。
先ほど誓ったように、私は貴女に勝利を捧げるため、召喚に応じたのですから」
少年は至って真剣な表情で、桜をじいっと見つめている。
こうも生真面目に反論されては『言ってみただけ』などとは答えられない。
恐ろしい技量の敵を前にして臆病になった。それ以外に理由などなかったのだが。
「わ、わかりました。のんびり暮らすというのは失言でした。
とにかく逃げましょう。わたしが言いたいのはそれです」
「同意しかねます。
この魔力の充満は、キャスターのみではありえません。
彼女たちの会話にあったように、どうやら近隣でもサーヴァントの戦闘が発生している」
「だったら余計に危険じゃないですか!」
「仮に戦闘を回避するにせよ、情報収集は行うべきです」
「……だからー、リスクが高いんですってば」
「行動には危険が付いて回るものです。そして行動しなければ結果はない。
重要となるのは、どの危険を冒すかの判断。
貴女が聖杯戦争を勝ち抜きたいのなら、今は危険を引き受けるべきでしょう。
お尋ねしたい。マスター、この聖杯戦争における、貴女の勝利とは?」
「そ、それは……」
「思うに、貴女はそれがはっきりとしていません。
だから、その場の目的はあれど、極端な行動に走ってしまう」
聖杯戦争に参加する。そう決めたのは、自分が遠坂の当主だから。
失われたものへの負い目、涙を禁じる代わりに貰い受けた枷。
父の形見は重く、母の死に様は心を捉え、冬木での人死には桜を駆り立てた。
参加しなければならない。そう思ったのだ。
自分の心に兆した理由などない。故に目指す勝利も存在しない。
「そんなの、急に言われても……」
「必ずある筈です。貴女の心の中に」
戦わなければ、と思っていた。
けれど、何と戦えばいいのか。それが判らない。
桜は子供のままだった。
言われたままに生き、いつも何かに守られ、自分で自分を守ることもせず。
「――あ」
見えた、と思った。光が射した、と。
そして桜は気がついた。本当に、一条の光が桜たちのすぐ側を走っているのだと。
次の瞬間、地面が破裂した。
爆発が視界を埋め、桜の体が積荷を薙ぎ倒していく。
咄嗟に魔術回路を起動させていなければ、五体が裂けていただろう。
「い……だた」
全身の痛みに震えながら、桜は顔を上げた。
どれほど吹き飛ばされたのか、辺りに少年の影はない。
あったのは、桜の下敷きになったアサシンの姿だった。
「――ギ」
「……はい?」
呻くアサシン。首を捻る桜。
そこへ、剣をかざした少女が猛然と突っ込んできていた。
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最終更新:2008年10月08日 17:19