653 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/10(日) 19:37:34
それは美しい剣だった。
豪奢、というのではない。しかし威厳に満ち溢れている。
まるで王者の剣だ、と桜は思った。
「――な」
「……うげっ」
剣の担い手、少女の顔が驚愕に歪む。
突然の闖入者、桜の存在が彼女の予測、計算、全てを乱していた。
事態に付いていけないのは桜も同じだ。
判るのは、少女が剣を持って、桜の居る場所へ突っ込んでくることだけ。
まず為すべきは自分の身を守ることだった。
「Aufsteh(来たれ),mein Schatten(我が影よ)――!」
注ぎ込まれた魔力に応え、『影』が地面から這い上がる。
「魔術師……!」
桜にしてみれば当然の自衛行為。
しかし少女にとっては、戦意の表れでしかない。それが魔術であれば尚の事だ。
少女が躊躇いを捨て、加速する。
間合いが見る間に縮まる。
桜が離脱するには時間が足りない。足を止めるため、攻撃するしかなかった。
「Ziele(構え)―――durchbohre(貫け)!」
矢の如き一撃。
少女を串刺しにせんと、『影』の指が空を裂く。
だが甘い。高速で馳せ違いながら、少女の剣は容易く『影』の指を切り落とす。
空しく霞む『影』の指は、少女の頬を浅く切りつけただけだ。
少女は勢いそのままに、返す刀で桜もろともアサシンを屠ろうと迫る。
「Rest(残弾),Schneid(刻め)!」
『爪』はガラス片のように降り注ぐ。『影』の指を切り離し、その全てを使った時間稼ぎ。
桜は足に魔力を集中させた。
少女が回避するには、僅かであってもタイムロスが生じる。
その機を活かし、桜は離脱を試みるつもりだった。
だが少女の全身から放出された魔力によって、『爪』が容易く吹き散らされる。
「――化け物」
これでは追いつかれる。半ば諦めながらも、桜は走った。
胸を圧し潰すのは、背中から斬り下ろされるという恐怖。
しかし、少女は追って来なかった。
「……へ?」
眉を顰めたが、桜にとって好都合だ。
十分な間合いを取って、桜は再び少女と対峙した。
息が弾んでいた。
呼吸の度に桜の口に靄がかかる。
落ち着け。
胸に手を当て、自分に言い聞かせた。
息を整えると、少女に重なるようにステータスが視えてきた。
「セイバー」
高い対魔力とステータスを備えた、三騎士最優のサーヴァント。
およそ英雄の多くは剣をシンボルとする。
その中から更に選びぬかれた者しか該当しない。事実上、最強のクラスだ。
「やはりマスターか、魔術師(メイガス)」
ごう、と風が逆巻いた。
セイバーの手にあった剣が、その風に覆い隠されていく。
頬にあった一筋の傷が消える。
セイバーの視線が通りの端、わだかまる影へ向けられた。
「――ギ、キ」
そこには、軋んだ歯車のような音を漏らすアサシン。
どうやら桜は、アサシンとセイバーの戦いに首を突っ込んだようだった。
「……困った」
桜は努めて脳味噌を働かそうとした。
この場に居るのは三者。桜、アサシン、セイバー。
アサシンが単独でセイバーに対抗するのは無理だろう。
船上で出会ったときよりも明らかに魔力が失せている。
逃げようにも、逃げ切る前にアサシンが殺されては追いつかれる。
それどころか、まず桜が狙われる可能性もあった。
セイバーにとって、当面の脅威は桜の令呪だ。
下手に使う素振りを見せようものなら、一刀両断の憂き目にあうだろう。
「…………困った」
桜は口をへの字に曲げた。
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最終更新:2008年10月08日 17:19