677 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/11(月) 19:39:54
「私と組め」
アサシンが言った。
声は若々しい女のものだった。
「えっと……わたしに言ってます?」
桜は自分を指差した。
アサシンは、答えるまでも無いと言わんばかりに、セイバーに顔を向けたまま続けた。
「その魔術、尋常のものではない。私と協力すれば、セイバーを退けられる」
「いや、尋常じゃないって言われましても。
御覧の通り、一工程(シングル・アクション)ですし、期待してる程のものじゃ……」
「一工程だからこそ尋常ではない。セイバーと戦うなら、その魔術は有用だ」
桜は首を捻った。
セイバーの魔力に霧散させられたものが、有用と言えるのか。
「理解していないようだから言う。
最高の対魔力を突破できる。それで充分。
セイバーが追撃に慎重なのは、その魔術の得体が知れないからだ」
「最高の対魔力を突破、ですか」
桜の『影』は、厳密には魔術ではない。
使い魔という位置づけである以上、桜は使役しているだけだ。
対魔力で使い魔を打ち消すことは出来ない。
『影』の攻撃が届いたのも、道理に反することではなかった。
尤も、圧倒的な霊格差を無視すれば、だ。
かたや英霊、かたや自我の無い亡霊以下の存在。
更に付け加えれば、『影』は明確な実体を持っていない。
だからこそ、アサシンとセイバーは魔術だと誤認した。
実体のあやふやな低霊格の使い魔が、最高位の使い魔を傷つけられる筈がないからだ。
その判断は正しい。
それでも攻撃が届いた理由は、恐らく――
「役立たずの才能だと思ってたけど……父さんが正しかったのかなぁ」
「なに?」
「いえ、何でもないです」
桜は自身の才能を疑い続けてきた。
架空元素。物質世界には何一つ干渉できない資質。
“神秘によって括られた存在”への干渉は、確かに他の元素を凌駕する。
但し、魔力の篭らないものは、小石一つ動かすのも覚束ない。
指先に灯る炎一つ、水の一滴も操れない者を、魔術師と呼べるのか。
神秘を打ち消す力など、神秘を引き起こすべき魔術師とは相反する素質だ。
今までは、そう思っていた。
だが聖杯戦争という場において、この才能は大きなアドバンテージではないか。
桜は鼻を鳴らし、にやにやと笑った。
「物思いは止めなさい。セイバーには飛び道具がある。狙い撃ちされる」
アサシンの言葉が、桜を現実に引き戻す。
現実は何も変わっていない。
桜は未だ最強であろうセイバーと対峙したままなのだ。
桜の髪が左から右へとはためいた。
吹く風は冷たく、厳しい。だが耐えられないものではなかった。
「わかりました、アサシン。今だけは協力しましょう。
でも裏切ったら、『最高の対魔力をも超える魔術』が火を吹きますよ?」
桜は言った。ズキューン、と擬音の付きそうな身振りも交えながら。
だがアサシンはセイバーの居る方向しか見ていなかった。
冬の風は身に染みる、と桜は思った。
「倒そうとすれば危険。セイバーの攻撃を妨げるつもりで」
「……了解しました」
セイバーは焦らず、じりじりと間合いを詰めている。
その様は草食獣を狙うライオンに似ていた。
ならば桜とアサシンは、百獣の王に挑む狩人か。
背後から破砕音が鳴り響き、閃光が桜の顔半分を照らす。
それを合図に、アサシンが壁を駆け上がった。
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最終更新:2008年10月08日 17:20