689 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/13(水) 19:21:16
桜とアサシンは左右に散った。
通りの真中に構えるセイバーを挟み込む形だ。
もっとも、接近戦になればセイバーが優位なのは変わらない。
故にアサシンは壁を駆け上がった。
地の利を活かさぬ理由は無い。
桜の意に従い、『影』が蜘蛛さながらに壁を這い上がる。
続いて、桜も壁へ足を掛けた。
「Trag(引き上げろ)!」
桜は壁を蹴り、走った。
桜の身体能力は常人の域を出ない。
如何に強化しようとも、アサシンのように壁を駆けるのは無理だ。
だが『影』を使えば、それも可能となる。
映画撮影のワイヤーアクションのように、『影』の片腕が桜を支えていた。
「Stecke deine Hand(伸腕)!」
残る片腕が水飴の如く地に伸びる。
「これは外法か……!?」
触手染みた腕を前に、セイバーが嫌悪感を露にした。
見た目が気持ち悪いのは桜も同意するが、外法とは心外だった。
あえて気味悪さを演出しているのでも、外道に堕ちたのでもない。
しかし、その気色の悪さが桜を利する。
注意を削がれたセイバーは、アサシンの放った短刀への反応が遅れた。
刃の一つがセイバーの足を撫でる。
「Schabe ihr Leben(抉れ)!」
さらに追撃。
水中から船に襲い掛かるように、地から飛び出した『影』の腕。
それに呼応し、アサシンが予備動作なしで短刀を放つ。
左右から、上下から、引き裂く爪と貫く刃がセイバーに襲い掛かる。
「――くっ!」
不可視の剣で『影』の腕を斬り落とし、セイバーは余勢を駆って身体を捻る。
本来なら避けきれる筈のないタイミング。
だが、まるで予定調和のように、短刀はセイバーの服を浅く裂いただけだった。
桜は舌打ちした。
どこまでも怪物。最優のサーヴァントとはこういうことか。
「けど……いけるっ」
桜はにやりと笑った。
「欲を張るな! 必ず余力は残しておくように!」
アサシンが通り越しに叫んだ。
「わかってます! 教師みたいな言い方しないで下さい!」
桜は腹の底から出した声で反論した。
逸る胸の裡を抑え、『影』に魔力を注ぎ込む。
短くなった腕が風船のように膨らんで、元の長さを取り戻した。
再び、『影』の腕とアサシンの刃がセイバーを襲う。
桜とアサシンは壁を自在に動き、一方のセイバーは隘路に等しい位置。
移動の自由がない戦術的不利は、桜も船上の戦闘で身に染みている。
倒せぬまでも、セイバーを撤退させるのは不可能ではない。桜はそう思った。
だが戦術的な優位は、時に圧倒的な個に崩される。
攻撃の絶えた僅かな間に、セイバーが走った。
目指す先にあるのは変哲の無い電柱。それを、セイバーは一刀の下に斬り飛ばした。
電柱が桜の側に着弾する。振動と瓦礫、土煙が桜の自由を奪った。
拙い、と思う暇もない。
桜が態勢を整えるより早く、セイバーは駆けている。
狙いは、アサシン。
「このっ――Durchbohre(貫け)!」
『影』の指が、セイバーの後背に突き進む。
だが、予め判っていたとでもいうのか。
セイバーはくるりと反転し、『影』の指を斬り落とした。
あたかも槍の穂先、斬り飛ばされた指がアサシンに突き刺さった。
「ギッ!?」
予想だにしなかった事態に、アサシンの動きが止まった。
そして、セイバーの剣がアサシンの手足を薙いだ。
別物のように、アサシンが地に転がる。
セイバーが見えざる剣先を桜へ向けた。
「中々の連携だった。だが未熟だ、魔術師(メイガス)」
セイバーには飛び道具がある。アサシンの言葉を、桜は思い出していた。
戦:まだ戦う。
逃:背中を見せて逃げる。
話:ハッタリ。
謝:ごめんなさいする。
投票結果
最終更新:2008年10月08日 17:20