706 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/14(木) 16:13:12
桜は腹を括った。
セイバーが飛び道具を持っているとすれば、令呪の起動も覚束ない。
接近戦はおろか、遠距離からの攻撃でも勝機が見えない。
今できるのは、セイバーの動揺を誘うこと。
詳細な情報などない。ならば、ハッタリを飛ばすだけだ。
「セイバー、見事です。
最優のクラスに恥じない戦い振りでした」
桜は横柄な笑みを浮かべた。
本当は、膝が今にも震え出しそうだった。
セイバーが警戒の眼差しで桜を見る。
「賞賛は素直に受け取ろう。
魔術師(メイガス)、もはや一人で勝ち目があるとは思っていないだろう。
令呪を放棄し、速やかにフユキを去ってもらう。
無論、令呪を他の目的に行使しようとすれば、容赦はしない」
「お断りします」
「そうか。ならば、ここで倒れてもらう」
セイバーが一歩踏み出す。
腹の中が恐怖と不安で掻き回される。
それでも、桜はセイバーから目を逸らさなかった。
戦うと決めた以上、こんなところで退きたくはない。
「わたしが何を考えてるか、判りますか?」
「……いや」
「わたしのサーヴァントが言ったことです。
『聖杯戦争はマスターとサーヴァントで一組』だ、って」
何がヒントになるか、判らないものだった。
桜のサーヴァントの言葉は、セイバーにも当て嵌まるものだ。
どれだけ情報に欠けていても、これだけは間違いがない。
「残念だが、既に貴女は一人だ」
「そんなことが言いたいんじゃないですよ。
わたしが言いたいのは、貴女にもマスターがいるってことです」
桜は目を細めた。
桜の背後で光が走る。キャスターの魔術だろう。
セイバーは、寸分も表情を動かさない。
「何が言いたい?」
「今、貴女がここに一人で立っていても、マスターは離れたところにいるんですよね。
でも、それでマスターの安全が保てるのかな……って」
「そのような心配は無用だ。マスターの危機は私に伝わる」
「そうですね。マスターが危機を自覚していれば」
その意味では、桜のサーヴァントが助けに入るという希望はあった。
しかし未だ現れない者を当てにする訳にはいかない。
「……ふふ。けど、気付かなかったらどうなんでしょうね。
こっそりサーヴァントが近づいていたり、魔術で狙われていたり、とか。
“外法”使いなんて、そういうのが得意そうです。どう思います?」
桜が昂揚して語る間に、セイバーのまなじりがゆっくりと吊りあがっていった。
ちょっと演技に熱が入りすぎたらしい。
控えめに言って、とても怖い。だが始めてしまったことである。
「――貴様」
セイバーがぎり、と奥歯を鳴らす。
「仮に術者を殺しても、解決になるのかな。
どんな魔術か判らないし、サーヴァントはすぐに消えないですよね」
桜は邪な目でセイバーを見下した。
横手から、巨大な何かが衝突する音が響く。
セイバーの目がそちらに動いた。そこにマスターが居るのか。
だが、そんなことはどうでもいい。
桜が欲しかったのは、セイバーの隙という一事のみ。
「Hau(打て)!」
叫ぶと同時、桜は通りに飛び降りた。
『影』の腕がハンマーのように叩きつけられる。
咄嗟に避けたセイバーの髪の一房が、削り取られて宙に舞う。
足を失ったアサシンが這いずり、建物から転がり落ちた。
「Fortsetz(続けろ)!」
『影』は闇雲にセイバーへと拳を振り下ろす。
不意を衝かれたが故に、未だセイバーの態勢は崩れている。
これが逃げる最後のチャンス。
セイバーを振り切るのは難しい。それでも逃げるしか無かった。
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最終更新:2008年10月08日 17:20