740 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/08/29(火) 03:22:34
「ルヴィア、桜を頼む」
頭を床に落とさないようにそっと桜をルヴィアに抱きかかえさせる。
桜の胸の大きさに驚いていたようだがそれは些事だ。
「ライダー、念の為三人を頼む」
「……良いのですか?」
もし彼、トニオがマスターであれば危険すぎる。
その事をライダーは言っているのだ。
「ああ、大丈夫だ、それよりも三人を頼む」
これは警戒感からだったわけではない、まして良いところを見せようとかそんな見栄からではない。
それはただ、自分の嫉妬を見せたくないという、恥の心からだった。
自分が何年も見抜けなかった桜の苦しみ。
それをあっさりと見抜いた男。
ただその男と問いつめて、一つでも勝たなければ。
そんな想いだけだった。
厨房に入る。
既に頭の中には剣の設計図が走っている。
厨房全体の構造は一般的な物だ。
さすがに家庭用のキッチンよりは遙かに広いが、店としては一般的な広さだろう。
ふと見ると、オーブンの近くにはメインディッシュであろう人数分の肉料理が置かれていた。
「メインディッシュは既に完成している……」
ならば彼はどこにいる?
ふと皿を指先で摘み。
「解析、開始——」
料理の解析を開始した。
肉——鶏らしい——の煮込み。
卵の黄身、人参、玉葱、調理酒にオリーブオイル、小麦粉に塩、胡椒。
どれも見慣れた食材……
「な——」
その奥で何かが蠢いている。
とても小さな、己の知る地上の如何なる生物とも適合しない生物。
これが遠坂の言っていた魔導生物か——
バリバリと貪るような音に魔術を停止し、振り返る、どうやら店の裏口らしい。
その時、桜が目覚めたのだろう。
幽鬼のような虚ろさで、桜が立ち上がった。
「桜?」
桜はまるで操られるように厨房へと歩いていった。
裏口をこそりと覗き込む。
そこには彼、トニオが立ち、その飼い犬であろう犬がメインディッシュと同じ肉料理を貪っていた。
「よしよし——言い食べっプリだぞ……フフフ、第二の皿、メインディッシュの『トスカーナ風鶏肉煮込み』は成功のようダナ」
笑み。
犬が肉を完食する。
『アレは……やはり同じ肉なのか?』
そんな事を考えていると犬が炸裂した。
「なッ!」
思わず声を上げた。
トニオが振り返る。
「そこで何してる! 見タナァー!」
手持ちの包丁を投げつけた。
投影——開始!
投影さえも間に合わぬ程の包丁投げ。
神秘を具現化させるには時間が足りない。
故に投影されたのはただのナイフと同じだけでしかない、形だけの双剣。
「くっ……!」
僅かの差で弾いた包丁が冷蔵庫に突き刺さる。
もし体に刺さっていれば致命傷であったろう。
「オマエッ! のぞき見に入ってきたというワケデスかッ!」
ナイフが見えているはずなのに、まるで頓着しない、強すぎる歩調で無造作に間合いを詰めてくる。
「ただじゃあおきませンッ! 覚悟してもらいマス!」
バーサーカーの域にまで達する気迫、イメージが膨らみ、彼の体が巨大になっていく様が見える。
だが怯まない。
ここで怯んで何の為の桜の味方か!
「ただじゃおかないのは……こっちだ! 桜に……桜に何をしたァー!」
それはただの嫉妬からだったのだろう、だがそれでも心の奥底は剣で出来ていた。
その桜が、幽鬼の表情から一転し、猛禽の動きで肉を喰らう。
貪り喰らう音に思わず振り向いた、振り向いてしまった。
「さ、くら……食べるんじゃあない! 桜ァー!」
呆然となったのは一瞬、炸裂した犬を思い浮かべ、叫ぶ。
恍惚の表情で肉を食べ終える桜。
その桜の心臓が弾けた。
「し……んぞう」
呆然と呟く。
そして桜が床へと倒れ込んだ。
「桜————!」
741 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/08/29(火) 03:23:48
倒れ込んだ桜の姿に呆然として、剣すら取り落としてしまった。
それほどの衝撃、それほどの動揺。
故に、巨大なブロック状の物体を手にして背後に迫るトニオに気付くのが遅れた。
「タダじゃあおきマセンッ!」
気付いた時には物体は目の前に迫っていた。
体は凍り付いたかのように動かず。
それでも、己の眼前に振り下ろされる物体を最後まで見続け。
「ここではっ! セッケンで手を洗いなサイッ!」
「……はい?」
思わずセッケンを受け取った。
「ユルせないッ! 断り無く調理場に入ってきたのはユルせないッ!」
ずいっと、トニオが迫ってきた。
気迫は変わらずバーサーカー級のまま、トニオは怒っていた。
「調理場は常に清潔でなければイケないのデスヨッ! 貴方も料理をスル人なら分かるハズでスッ!」
「じゃあ、桜は?」
再び振り返ると、桜が清々しそうな顔で伸びをしていた。
まるで熟睡した後の朝のように爽快そうだった。
結局、トニオ・トラサルディーは若いながらも極めて優秀な料理人であり、謎の生物は彼自身の能力、スタンドである事が判明した。
また衛宮士郎は勝手に調理場に入った事に激怒され、厨房の掃除をする事になった。
余談だが、デザートのズッパイングレーゼを出された際、トニオが
「実のところ、このデザート、女性にはチョッとだけホウキョー効果がアルようデスヨ」
なんて事を厨房で掃除する衛宮士郎に耳打ちしたのを聞いていたのか、テーブルに座っていた遠坂凛が5個注文した。
ルヴィアも当然の如く5個注文した、気にしていたのか、二人とも。
ある意味で女体の神秘かね、これも。
なんて事を考えながら厨房で掃除を続ける士郎であった。
最終更新:2006年09月11日 20:14