741 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/16(土) 17:47:15
通りの端、赤い水溜り。
そこに転がった身体に手を伸ばす。
「何をしている……」
「助けてるんですよ!」
「何故?」
「何で、って」
桜は言葉に詰まった。
ぼとり、と『影』の腕が降ってくる。
セイバー。
怒り心頭。彼女の表情を見ると、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
桜はアサシンを抱え上げ、あらん限りの力で走り出した。
「どういうつもりだ」
「……黙って。舌を噛みます」
「理由もわからぬままで」
「うるさい! 尻叩きますよ!
貴女は足を斬られちゃったんだから、こうするしかないでしょう!」
「私は、おまえのサーヴァントではない」
「だから何ですか! 死なせるのが嫌だからこうしてるんです!」
桜は苦痛に顔をしかめた。
全力疾走をしながら叫ぶというのは、恐ろしく苦しい作業だ。
「僅か数分、組んだ。それだけで? 船で襲われたことも忘れたのか?」
「……忘れて…ないですよっ。貴女が魂を狩ってただろうってことも……!」
「なら、尚の事だ。置いてゆきなさい。追いつかれるだけだ」
「いやです。……それに、貴女を連れてれば、貴女のマスターの援護だって……」
「ない。私のマスターと仲間、いや、マスターとその仲間は既に全滅した」
マスターと、その仲間。
やはり桜のサーヴァントの読みは正しかったのか。
「勘違いしているようだが、私は助けを必要としていない。
今やセイバーと戦うのは不可能。もう、“私はここで消滅しても構わない”のだ」
「……勘違いしてるのはそっちです。
“助けてやってる”んじゃない……わたしは……“助けてる”だけです……!」
アサシンは置いてゆけ、と言った。
追いつかれるから、と。それはアサシンではなく、桜のことだ。
桜が追いつかれるから、自分を置いてゆけと言ったのだ。
だから――
それ以上、考えられなかった。脳に回る酸素が不足している。
「…………妙な、魔術師だ」
言葉とともに、アサシンの身体から強張りが消えた。
セイバーは、どこなのか。
振り返って確かめる余裕はない。
だが、首筋に感じる魔力は加速度的に強くなっている。
予測では無い。肌の実感が報せている。
「――追いつかれる……ッ」
影がよぎった。
雲が月にかかったのか。
いや、違う。雲はこんなに速くは動かない。
桜は空を見上げた。
影の正体は、港の巨大クレーン。それが倒れようとしている。
轟音が響く。
桜の背後、セイバーの行く手を遮るように、クレーンは倒れこんだ。
「…うわ……」
路地一帯が破壊され、周囲の建物が崩れ落ちていた。
駄目押しと言わんばかりに、貯水槽の水が流れ出していく。
流水が桜の足を絡めとる。
踏ん張りが利かなかった。既に限界まで走り抜いているのだ。
「う……あ……っ!」
奔流に呑まれた。
アサシンを抱えた左腕に力を篭め、必死で右腕を伸ばした。
建物のパイプ。届かない。
それでも伸ばす。
指が空を薙いだ。
その指先に、何かが触れた。
力強い掌が桜の手を掴んでいた。
「遅れて申し訳ありません、マスター」
純白の装束。その目深に被ったフードから微笑みが垣間見えた。
「……ホンットに遅いですよ。しかもこれ、笑うところじゃないです」
「誠に申し訳ございません」
少年の腕が桜を引き寄せる。
アサシンの姿に腕が止まり、ため息とともに力が戻った。
「事の成り行きは、後で聞くとしましょう。今はここから離れなければ」
路地にセイバーの姿は無い。
ようやく逃げ切ったのだ。
桜は少年の逞しさに寄り掛かった。
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最終更新:2008年10月08日 17:21