792 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/20(水) 19:40:02
軋みをあげ、戸はセラとリズを迎え入れる。
薄暗い廊下は未踏の洞窟を思わせた。
セラは喉を鳴らし、一歩を踏み出した。
「よいですか、リーゼリット。
護身の魔術はかけますが、油断は禁物ですよ。
ここは悪名高きエミヤの本拠地です。
どんな下劣悪質な罠が張り巡らされているか、判ったものではありません」
「うん」
「では、行きましょう」
指先に灯した光が、玄関とその先に伸びる廊下を薄く照らし出す。
メイドの鑑たる礼儀正しさで並べた計五足の靴が、進み行く彼女たちを見送った。
うち二足は彼女たちのものであるが、残りの三足は誰のものなのか。
その疑問を思い浮かべていたのなら、後の恐怖は起こりえなかったというのに。
「……ひ」
「セラ?」
「だ、大丈夫です。問題はあ、ありません」
廊下を進む途上、軋む床の音がセラの心臓を追い込んでいた。
興奮と好奇心ゆえに舞い上がっていた胸の裡も、廊下の風に冷やされつつある。
ああ、考えてみれば。
この日本という国は、やけに多くの怪談が語られている土地ではなかったか。
悪戯好きの小人や妖精ならいい。
それは魔術的にも、セラの理解の範疇だ。
しかし魑魅魍魎、妖怪と呼ばれる類のものはどうなのか。
予備知識として読破した本の中には、多くの妖怪が描かれていた。
家に住み着くという子供のあやかし。
何の因果か豆を洗い続ける存在。
全て皆、魔術で説明できるものなのか。
「低級霊……そう、ただの低級霊に過ぎません。
だから意味の判らない行動を取って……ひっ」
リズの背中に張り付きながら、セラは必死に自身の心に巣食う魔物と戦った。
隙間風が襖を揺らす度、セラの体も震えた。
そして、運命は更なる苛烈さをもたらす。
セラは人除けの魔術を使った。
魔術を身に纏わない者は、彼女たちを知らずに意識の外へ追いやることになる。
だが、それはセラの指に灯る光にカーテンをかけるものではない。
故に、光はさも人魂の如く廊下を彷徨う。
普通の人間ならば、まさかと思う。
人魂ではなく、懐中電灯か何かだと思い直すことだろう。
ああ、しかし。
虎だって、怖いものはあるのだ。
「ぎいゃあああああ! 出たぁ! おばけえ!」
唐突に響いた悲鳴。
それはセラの切断寸前の糸に止めを刺した。
「お、おばけ!? ど、どこに!? き、きゃーーーっ!」
ダムは決壊した。
もはや止めることは能わず。
二人の悲鳴は更なる恐怖を呼び、木霊の如くデュエットした。
「いやーーーっ!」
「助けてええええ!」
既に隠密も神秘の隠匿もない。
人魂を指に、セラは狭く暗い廊下を逃げ惑い、物に衝突しては壊した。
そのホラーな音響と視覚効果が油を注ぎ、大河は最高速度で廊下を走り回る。
廊下に鳴り響く重低音は肌に響き、体感恐怖は倍の倍。
互いの連携たるや、並みの映画やお化け屋敷など歯が立たない。
「セラ、だいじょうぶ?」
「きゃー! いやああーーーっ!」
エリマキトカゲは走った。
極度の恐怖から逃れるため、生涯数度の全力疾走を。
「セラ?」
そしてリズだけが廊下に残された。
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最終更新:2008年10月08日 17:22