852 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/25(月) 17:31:01


 セラは居間の隅に隠れ、震えていた。
 いわゆる幽霊が、彼女の心を怯ませている。
 実際に見たわけではないのだが、居ると思うだけで恐ろしい。
 恐怖心というのは、そんなものだ。
 正体の理解できないものの方が膨れ上がる。
 ぱちん、と音がした。
 居間の明かりがセラを照らす。
 三人組の女性が、居間に入ってきた。
 人除けの魔術の効果だろう。セラに気付く様子はない。
「ほら、別に何もないだろ」
「うう~。でも、本当に居たのよ。火の玉がゆらゆらって」
「藤村先生、痛いです。そんなに強く掴まないで下さい」
「おい、綾子を困らせるなよ」
 藤村と呼ばれた年長の女性は、一番子供じみた振る舞いをしていた。
 彼女の服は変わっていて、全身が縞模様だった。まるで虎である。
 綾子と呼ばれた少女はネコ柄のパジャマを着ている。
 見るからに意思が強そうで、しかし子狐のような可愛らしさを感じた。
「ほら、手を放せ、大河」
「あー! 名前で呼ばないでって言ってるのにー!
 凛ちゃんのバカー!」
「そっちこそ、ちゃん付けすんな。語尾伸ばして呼ぶぞ」
「こら、間桐。先生にそういう口の利き方するなって言ってるだろ」
「う……」
 三人目の少女。これまた肉食獣らしき彼女も、色違いのネコ柄パジャマを着ている。
 仮に彼女をジャガーとしよう。
 ジャガーは虎に強く子狐に弱いらしい。虎は子狐に強く、子狐はジャガーに強い。
 虎、子狐、ジャガーはジャンケンさながらに、三竦みになる組み合わせのようだった。
「とにかく。何も居ませんよ、先生。安心してください」
「う~ん。おかしいなあ」
「こんな夜中に大騒ぎしやがって。酒持って来い、酒」
「お酒は先生が許しません。
 わたしに試合で勝つまで、お酒もタバコも止めるって約束したでしょ」
「ち……」
「代わりに何か持ってきてあげるから、待ってなさい」
 急に大人びた言動をした虎が、厨房の方へと姿を消した。
「藤村先生、やっぱりちょっと変よね」
 子狐が言った。ジャガーがどかっと座布団に座り込む。
「大河が変なのはいつもだろ」
「あのねー。衛宮も慎二も居なくなって、書置きも何もないのよ?
 最近物騒だし、心配してないアンタのが変でしょ」
「心配だからって生徒動員して家捜しさせるか?
 しかも泊まり仕事になったし。どうせアイツらはすぐ帰ってくるっての」
 ジャガーが頬を掻いた。
「でも、まあ。こういうの……楽しいけど」
「楽しいって、何がよ」
「なーなー、今度は綾子の家に泊まっていいかな?」
「は? 泊まりで何かしたいなら、今度の弓道部の合宿を手伝ってよ」
「そ、それでもいいけどさぁ」
 ジャガーの表情が変わっていた。
 さっきまでが殴りこんだヤクザなら、今は百合の花である。
「美綴さーん。ちょっと手伝ってー」
「あ、はい。わかりました」
「お、おい」
「はいはい。話は後で聞くから」
 子狐が立ち上がって、居間を去る。
 居間に残ったのはジャガーとセラのみ。
 肉食獣の檻に取り残された、という気がした。
 ふと、ジャガーが頬杖をつき、セラの方を見る。
 つららで貫くような、冷たく鋭い眼差しだった。
 魔術を帯びない者は、今のセラを意識できない。
 ジャガーから感じる魔力は、むしろ一般人が放つそれよりも微量だ。
 見ている筈が無いのだ。
 だが、刃物を突きつけられているような感覚は消えない。
 セラは無意識に、側にあったダンボールを被っていた。
 ちょっと臭った。控えめに言って、カメムシの方がマシな匂いだった。


虜:ダンボールは無敵である。任務続行だ。
慮:君子危うきに近寄らず。そっと逃げ出す。


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最終更新:2008年10月08日 17:23