859 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/26(火) 21:12:07
ネコ科大動物は、殺した獲物を茂みまで引き摺って隠すという。
かつて慎二は士郎に語った。
『ネコ科の大動物ってのは、噛み付いた後にあまり首を振ったりしないんだよ。
イヌと違って、喉笛を噛み千切るのが最優先じゃないんだ。
首を、ほら、この辺りの延髄をぐさっとやって、それで殺す訳さ』
口調と裏腹に、慎二の顔は青ざめていた。
『しかもトラみたいに森とか山に住んでるヤツは、パンチも強いからね。
一発入れて、首筋を前肢で押さえ込むんだよ。
そうやると、うまく延髄を噛み砕けるらしい。
おまけにさ。そんなに物騒なくせに、忍び寄るのまで上手いんだってんだから参るよ』
慎二は力なく笑った。
『ジャガーなんて、頭に噛み付いて首を外すらしいからね。
襲われたって気付いたときには、もうとっくに手遅れだよ。
いや、もしかしたら、襲われたことにも気付かないかもね』
もっとも、その方が幸せだろうけど、と慎二は付け加えた。
暗く、埃っぽい場所だった。
カチカチと音が響き、その度に僅かな間だけ部屋の中が照らされる。
周囲にはガラクタばかりが転がっていた。
なぜ、こんな所に居るのか。セラは思い出せなかった。
「目、覚めた?」
声の主は、ライターで手遊びをしていた。
ジャガー。いや、間桐凛だったか。
起き上がろうとしたが、出来なかった。
手も足も、ガムテープが何重にも巻かれている。
メイド服は、ない。
下に着込んでいた薄布だけが、セラの体を覆っていた。
「寒い?」
凛は、セラを見ない。
手元のライターを弄くるだけである。
「あれ、礼装でしょ。悪いけど、預からせてもらった」
カチン、という音ともに火花が散る。
その瞬間だけ、闇の中から凛の姿が浮かび上がる。
火は一瞬だけ土蔵を照らし、すぐに消えた。
「ダンボールに隠れるなんて、どういうアタマしてんだ?」
見えていたのか。何故。
魔術師でなければ、セラを知覚できない筈だ。
「なんだってホムンクルスがここに居る?
あんなにあっさり捕まったんだから、戦闘用じゃないんだろうけど」
音が消えた。光も、ない。
灯火の明かりに慣れた目には、暗闇しか映らなかった。
火が灯る。
凛がセラの目の前に居た。
「おい」
凛がセラの胸ぐらを掴み、引き起こす。
「答えろよ。喋らねーなら、こっちも方法変えるぞ?」
「こんな真似をして、私が従順に答えると」
凛がセラの指を捻る。
痛みに、セラは声を上げた。
「おい。なあ、おい。質問してるのが誰だか判るか?
一つずつ訊き直してやるから、今度は答えろ」
苦痛に顔を歪めるセラに、凛が耳元で囁いた。
「寒いか?」
セラは頷いた。
「OK。毛布をやるよ。ただし、質問に答え終わったらだ」
側に置かれたライターが、不気味に凛を照らしていた。
「この家に何しに来た?
あ、嘘は吐くなよ。指が使えないのは困るだろ?」
「……エミヤシロウの情報を、入手するためです」
「ああ、なるほど。やっぱアイツに用があるわけ。
情報が欲しいっていうなら、戦う気はないんだな?」
セラは首肯した。
「じゃあ、もう一人はどうなんだ」
もう一人。リーゼリット。無事なのか。
それも当然か。彼女は、低ランクのサーヴァントとも戦える。
「あいつは戦闘用か?
放っておくと、誰彼構わずに手を出したりするような奴か?」
セラはどう答えるか迷った。
凛がセラの首に手を当てた。
「どうなんだ?」
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最終更新:2008年10月08日 17:23