903 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/08/29(金) 20:06:19
「やめなさい」
セラは言った。
凛が片眉を跳ね上げた。
「何を?」
「彼女は、人畜無害です。危害を加える必要はありません」
「人畜無害、ね」
凛の手が緩む。
セラは詰まっていた息を、ようやく吐き出した。
「肝心の質問には答えて無いけど、まあいい。あれに手を出すつもりは無いし。
ただ一つ言っとく。あれがもし暴れ出せば、真っ先にアンタを殺す」
凛は首に当てた指を、僅かに食い込ませた。
セラは小さく首を振った。
リズが暴れることはまずないだろう。
イリヤと彼女自身の安全のため以外には戦う理由がない筈だ。
命じられればともかく、独断で暴走することはありえない。
戦闘になってもリズが敗北するとは思えない。
だが、万が一ということもある。
とにかく凛は周到だ。
攻撃魔術を使用できないと踏み、セラを捕らえた。
それは賭けでもあっただろうが、結果として凛は正しかった。
捕らえ方も鮮やかだ。セラはどう捕まったのかも判らない。
礼装を取り上げ、幻術や精神操作にかからないよう注意を払ってもいる。
照明のイニシアティブを握っていたのは、そのためだろう。
接近してからは、喉と指を押さえることで魔術の発動を封じている。
幾らセラが優れていても、イリヤのように詠唱なしで魔術を使うことはできない。
間違いなく、魔術の知識があった。
理由はすぐに思い立った。
間桐。マキリの変名は、確かそんな響きだった。
不覚である。聞いた瞬間に思い出すべきだったのだ。
纏う魔力が一般人の平均をも下回っていたから、魔術に関連した発想がなかった。
彼女がマキリの血族であるのなら、どれも不思議というほどのことではない。
人除けの魔術も護符の類で撥ね退けられる。
「ふん。妙な顔だな。何を考えてる?」
「たいしたことではありません。
実にマキリの者らしい、と思っているだけです」
セラは思っていたことを言った。
だが、それは思っただけで考えていたことではない。
考えていたのはマキリと衛宮の関係だった。
マキリの者が屋敷に居るのなら、衛宮とマキリは通じているのか。
だとすれば、リズも危ないかもしれないし、その可能性をイリヤに伝えるべきだった。
「おい」
ぐい、と指が首筋に沈んだ。呼吸が苦しくなる。
凛の目の色が変わっていた。
「どこが、マキリらしいって?」
「く……」
「言ってみろよ、ほら」
「こうして……他者を、嬉々として痛めつけられる。
誇りのない、枯れたマキリらしいではないですか」
凛の顔色が赤黒く変わった。頼りないライターの灯りだけでも、それが判った。
「嬉々としてだと……? ふざけるな。誰が好きでこんな真似を。
アンタらが、あの二人の居るところにズカズカ入ってくるからっ」
あの二人。綾子と大河だったか。
それが行動の理由なら、衛宮との協調は二の次なのか。
「それにしては……迷いがないようですが……?」
「自分で決めたからだ…! わたしが決めたんだ!
何も知らないあいつらを危ない目になんて遭わせられるか……!」
言って、凛は舌打ちをした。
セラに伸ばしていた腕を振り解き、少し離れる。
「アンタ、もう一人は暴れないって言ったな」
「……ケホっ、ええ」
「そうか。なら放っておく」
凛が一歩、踏み込んだ。
セラの腹部に、重い何かがぶつかった気がした。
「けど、アンタは帰さない」
意識が急激に薄れていく。
今度は、どう襲われたか判った。セラは、そんなことを考えた。
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最終更新:2008年10月08日 17:23