936 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/09/03(水) 21:53:50


 冬。水に濡れれば寒いのは当たり前だ。
 服は乾燥機の中でぐるりぐるりと回っている。
 桜はタオルと毛布で身を包み、ストーブの前で暖を取っていた。
 歯が震え、がちがちと音を鳴らした。
 ”偶然にも“鍵が開いていた事務所の中である。
 中には桜と少年しか居ない。
 少年が桜を気遣ってくれたことは、ありがたかった。
 服を脱ぐ際に卑しい行為を一切しなかったのも含め、実に紳士的だと言っていい。
 だが納得がいかなかった。
 半裸の少女を前にして、少年はそっぽを向いていた。
 桜だって自負はある。絶世の美女ではなくても、多少なり魅力を備えているつもりだ。
 それが際どい格好で側に居るというのに、少年は一寸たりとも意識する様子がない。
 何なのだ、と思う。
 紳士なのか、興味がないのか。
 あるいは、ラジオがそんなに楽しいのだろうか。
「これがラジオというものなのですね」
 少年が言った。
 やはり桜の方を見ようとはしない。
 不能か。それともベクトルが男に向いてるのか。
「知ってるんですか?」
「知識だけは、召喚の際に与えられました。
 操作法を存じませんので、所有者がつけたまま忘れてくれて助かりました」
 少年の声は弾んでいた。こころなしか、後ろ姿もそわそわして見える。
 初めて外見相応の子供らしさを見た、という気がした。
 少し安心した。見た目は桜と変わらない年頃なのだ。
「ねえ、何を聞いてるんですか?」
「詳細は判りかねますが、どうやら演劇の座談会のようです」
「座談会、ですか」
「先ほどは、演劇のあらすじを大まかに紹介していました。
 現在は二名の役者が気取らない会話をしています」
「へえー」
 桜も耳をすませて、ラジオの音を拾ってみた。
 恐らく、話題になっているのはラジオドラマか何かなのだろう。
 宣伝も兼ねて、質問に答え、舞台裏の話などもしているようだった。
「ドラマの題名は言ってました?」
「ドラマ……演劇のことですね。
 演目は確か、銀剣物語、だったと思います」
 桜の知らない名である。とはいえ、桜はそのテのものにはひどく疎い。
 少年は嬉々として、ラジオに聞き入っている。
「意外ですね。貴方はこういうのが好きじゃないと思ってました」
「好悪の判断は、まだ下せません。ですが興味は間違いなくあります。
 生前はこういった、日常の娯楽を嗜むことが出来なかったからでしょう」
「んー、そうですね。昔はこんな娯楽は少なかったでしょうし。
 今はその分、自由に自然を駆け回ったりしにくいんですけどね」
「それは残念です。一度は気ままに野山を駆けてみたかったものです」
 少年の言葉には無念さが滲んでいた。
 桜は眉をひそめた。
「……『一度は』って。もしかして、そういう経験が全然ない……?」
「はい。私の生前は、およそ殆どの時間を一つの建物の中で費やしていましたから」
「ずっと、同じ建物の中?」
 信じがたい、という気持ちで桜は訊いた。
「乗馬などの訓練は、さすがに内庭で行いましたが」
「そんな。その建物から出ようとは思わなかったんですか?」
「そのような行動の記憶はありません。そも養育者たちが許したとは思えません」
「でも。ずっと同じところで、何を」
「騎士としての鍛錬です」
 遮るような言葉に、桜は壁を感じた。
 この話題は、これでお終いだ。
 ラジオの音が事務所の静寂に響いている。
 少年が楽しそうに、少しだけ体を揺らす。
 桜は手を唇に当てた。
 ストーブがもやを扇ぐ。
 冬は、寒い。


約:冬木の娯楽のことを話してみる。
銀:件のドラマについて話す。
尻:無防備に振られた尻が、とても気になる。


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最終更新:2008年10月08日 17:24