965 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/09/05(金) 19:18:08
わくわくして、浮き足立つ。
そんなときは体が無意識に動いてしまったりするものだ。
胸が躍る、とはよく言ったものである。
だが、この場合、躍っているのは胸ではなく尻だった。
「これは」
桜は少年の後姿を見ていた。
そわそわと揺れる上体。その度に、腰部における服の下のラインが微かに浮かぶ。
喩えるなら、子ガモだ。
足を前に運ぶ毎に、尾が左右に揺れる。
それと同じように、少年の尻は小刻みに振れていた。
桜は思い出していた。
衛宮士郎の尻。引き絞られていたが、しかし真四角に近似していた。
後姿全体のラインが長方形に近いものなのだ。
肩、腰、足の描き出す線は愚直であり、頑健であった。
対して、少年のものは逆三角形の上体が印象的だ。
骨はまだ細く感じるが、肩幅は士郎よりも広い。
これは身長も含めた体格の差でもある。
モンゴロイドとコーカソイドはそもそも体の造りが違うのだ。
具体的に言うのなら、起伏の差だ。
少年の背中は下るにつれ細くなり、臀部という終着点に収束する。
間口の広い肩から尻へ絞られていくというライン構成だ。
重心が高めに設定されており、その分、尻は小ぶりに見える。
若さゆえの軽やかさと相俟って、実にキュートな腰部だった。
無骨な士郎のものに比べると華麗でさえある。
だが、力強さは物足りない。
難しいものである。桜は顎を手で擦った。
「マスター」
言われて、桜は顔を上げた。
すぐそこに少年の顔があった。
熱中する間に、接近してしまっていたらしい。
前にもこんなことがあった、という気がした。
「このようなことはお止め下さい。良識ある者がすべきこととは思えません」
「え。何のことですか?」
「異性の体を凝視するなど、褒められた行為ではないでしょう」
どうも言い逃れはできないらしい、と桜は思った。
ならば反撃か、低頭か。
桜の選択は前者だった。俗に言う、開き直りである。
桜はすっくと立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。
「本当にそうでしょうか? 確かに、わたしは少し行き過ぎたかもしれません。
けど他人の体にまるで興味がないのもどうかと思います」
「……何を仰りたいのですか?」
「貴方はバイクで二人乗りしてるときも、今も、全然関心がないみたいじゃないですか」
「欲情に走った行動を避けるのは当然の礼節であると思いますが」
「礼節は建前です。礼節は欲を抑えるためのものなんです。
欲自体が無いのに、礼節を隠れ蓑にしないで下さい」
「つまり、私には欲そのものが無い、と?」
「現に、少しも反応してないじゃないですか」
桜はぐい、と少年に近づいた。
少年の表情は、僅かに眉を動かしただけである。
裸に毛布装備の、水に濡れた少女を前にしながら、である。
「やっぱり変ですよ。ちょっとぐらい反応があってもいいのに」
「反応すればよろしいのですか?」
「そんなことは言ってません。
わたしが言ってるのは、異性に感じる欲とか興味の問題です。
普通は同年代の異性には興味があるでしょう」
「それ故に、まるで関心を示さない私を特異に感じるのですね。
なるほど。理解しました」
「そうですか。よかったです」
桜は満足げに頷いた。
少年がにこりと微笑む。
「では遡って、私の下半身を異様な表情で凝視されていたことについてですが」
沈黙があった。
「ごめんなさい」
桜は頭を下げた。
「今度するときは一声かけますね」
「一声あっても、お断りします」
少年は笑顔を湛えたままだった。
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最終更新:2008年10月08日 17:24