835 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/08/31(木) 04:27:49
もっと戦争を、あの時の私はそう考えていた。
こうして死する寸前に思えば、やはりもっと戦争を。
闘争の果てに死する己を幻想した。
だが、こうしてやり遂げた果ての死も、良い物なのかも知れない。
教会の重厚な扉が開けられる。
神父は一度も振り返らない。
礼拝堂を抜け、神父の私室と思しき部屋へと通された。
室内に入り込むと手で制される、待て、と言う事だろう。
「冬木の管理人、冬木聖杯と、それに伴い行われる奪い合い、五度行われたの聖杯戦争についてどの程度知る?」
私室内の金庫の鍵を開けた。
「一通りは、各回毎の参加者や呼び出されたサーヴァント、細かな経緯を全て知っているわけではありませんが」
「サーヴァントについてどの程度知っておるね?」
「管理者であり参加経験もありますから一通りは。
剣の騎士セイバー、槍の騎士ランサー、弓の騎士アーチャー、騎乗兵ライダー、
魔術師キャスター、狂戦士バーサーカー、暗殺者アサシンの7騎を基本とする」
合格だ、と神父は言う。
「では3と4、二回の聖杯戦争の管理者である言峰璃正については?」
「戦争の管理人であった事、三回目の管理者としてのの功績から冬木教会の管理人となった事、と言った事でしょうか」
その息子の話は伏せた。
「ふむ、正しいがそれだけではないのだよ」
金庫から箱を取り出した。
「彼は優れた魔具の作成者でもあった。
魔力探知、対屍霊等、現在教会の異端狩り等に用いられる魔術、対魔術機材の多くは彼が原型を作成した物が多い」
勿論、そのまま用いられている物もあるがね、と付け加えた。
「そして、三度目の戦争管理の功績最大の魔具、それが」
「聖杯戦争専用のサーヴァント探知機材の一種、と言ったところかしら?」
エーデルフェルトが言葉を遮って言った。
「ほう、分かるかね?」
「簡単な推理ですわ、教会がこの戦争に参加しながらも時計塔と対立してまで強行することをしない理由を考えれば」
「なるほど、神秘は隠匿しなければならない、この大原則のためか」
「そして最大の功績とまでいうのならば、敵を全て屠り聖杯を手に入れるか、または隠匿が難しくなる事態を事前に防ぐ手段のどちらか」
一度だけ言葉を切る。
「どちらかは、これまでの結果から考えれば明白ですわね」
「そこまで分かっているのならば話は早い、これは聖杯戦争の為に作られた探知機材だ」
箱の鍵を開く、金庫の鍵とはまた別の物だ。
「これにより神秘の隠匿は格段に容易となった、要隠匿となる事態の可能性を事前に察知できるのだからな。
対策も立てやすく、いざ事が起これば参加者からの要請があり次第、もしくはそれ以前に動ける。
故に彼の亡骸よりも先に聖堂教会がこれを回収した」
箱を開く。
「中身はカードだ、召還されたサーヴァントのクラスを意味するカードが格納され、敗北し、死すれば消える。
そして魔力の変動を確認すれば所在地をも表示する」
中に入っていたのは一見タロットカードのようであった。
「故に此度の異常事態も判明したのだがね」
836 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/08/31(木) 04:28:50
格納されていたカードは数枚などではなかった。
優に数十枚。
「模造品による劣化なのか、はたまたこれが聖杯制作者の意図する聖杯戦争なのか、それは分からない」
その全てを見せつけるように机の上にザッと並べる。
「だがこれが現実だよ、本格的な意味で始まってさえしまえばあらゆる意味で最悪の聖杯戦争となる……」
ふと机の上を見れば、茶色の紙、紙の上には召還された順と、既に破れたサーヴァントが順に書き込まれていた。
紙には記録、これまでに既に20騎以上が召還され、5騎が敗北した事が記されていた。
「昨日の日付……2時、ライダーとバーサーカーが交戦の模様……22時、キャスター召還、ライダーと交戦の模様……
今日の日付……15時にアーチャー召還、キャスターと交戦の模様……昼間じゃないか! 一般人を巻き込むぞ!」
上から順に指で追いながら、書かれた内容を見て、衛宮士郎が怒りに声を上げた。
「だから最悪だと言っている……今現在死者は出ていないし集団昏倒などの事態も発生しては居ない……
だが遅かれ早かれそうなる事は間違いないだろう……だが問題はそれだけでない」
「……なんですか、冬木戦争の規模拡大だけが問題ではないと?」
「確認されただけで、『魔術師でない者がマスターとなっている』例が最低でも一つ、存在する……」
「……まさか」
遠坂凛は目眩を起こした。
それが現実だとすればなんと最悪の事態か。
「その通りだ、神秘の隠匿という大原則も、一般人を巻き込まないと言う一般的な魔術師の原則も意味を為さない。
聖杯が『死にたくない』という願いを不完全に叶えた結果やもしれん……そう考えればより最悪となる、意味は分かるね?」
凛が頷く。
そうであれば巻き込まれた人間全てがマスターとなる可能性すらある。
そして神父が重苦しい声と共に1枚のカードを取り出す。
「まして……これだ」
描かれた図柄は剣を振り上げる騎士と、その背後に控える多くの騎士達。
「『将軍<<ジェネラル>>』、単独じゃない、群体である軍隊だ……
サーヴァント単騎による被害どころの話じゃない、戦いによって軍の全てが解放されれば街が簡単に滅びるだろう」
「交戦した記録は?」
「見れば分かるが召還のみで、現在の所存在しない、故に被害は出ていない」
息を吐き出す。
神や偉人が軍を率いた例は神話上でも歴史上でも多く残る。
大神オーディンが率いたラグナロク、バルバロッサ大王の十字軍、アーサー王の12の戦い等、例を挙げれば幾らでも存在する。
重苦しい沈黙が落ち、日も落ちた。
そんな教会の一室の中で、口を開く。
「この戦い、止めなければ……!」
そう、最初に力強く宣言したのは桜だった。
士郎に代わり正義の味方となる、そう宣言したあの時の想いは間違いでも幻想でも、夢想でもない。
一人でも多く、救える命を救う。
そう心に決めた。
「ああ、止めなきゃな、桜」
「ええ、そして力の及ぶ限りの命を救いましょう」
そんな風に力強く、『桜の味方達』は正しく正義の味方となった。
「ええ、そうね、それが神秘の隠匿にも繋がるし、巻き込まないと言う事にも繋がる……私も手伝わせてくれるでしょう?」
「そうですわね、魔術師としても、私という個人にとしても……貴方達を手伝えと言っていますわ」
五人が手を合わせ、その心は固く解け合った。
「巻き込まれた人間、敗北したマスターは可能な限り教会で保護しようと思う」
「ええ、協力させて頂きますわ」
「協力を嬉しく思う、当教会は中立を守るが、それを崩さぬ限りに於いて可能な限りの支援を行わせて貰う事をここに確約する」
「ええ、こちらこそよろしく、神父」
そう言って、一行は教会を後にした。
837 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/08/31(木) 04:29:43
教会、霊園の先。
その坂の下、銀髪の少女が待っていた。
「難しいお話はもう終わり?」
幼い声が落ち始めた夜闇の中で響いた。
それは、歌うようなその少女は、記憶通りの声で、
「お久しぶり、はじめまして」
礼儀正しく、微笑みながら、行儀良くスカートの裾を持ち上げてお辞儀をした。
「——イリヤ」
どうしてそこにいるのか。
どうして記憶の中そのままの姿で——
「今度は闘うのかね?」
サーヴァントを連れているのか。
「ええ、闘いましょう、お兄ちゃん、馬鹿だから、闘うって決めてきたんでしょ? "あの娘"もそうに決まってるって言ってるわ」
無言でライダーが実体化する。
既に武装し、殺気を漲らせる。
「あはは、貴方が闘うの?」
面白そうに微笑む。
「誰かは知らないけど無駄だと思うわ、主を連れて逃げるだけなら出来るかも知れないから、そうした方が良いんじゃない?」
それは、心からの忠告だったのだろう。
黒服の、イリヤのサーヴァントが一歩だけ前に出る。
「良いよ、闘ってあげる、最初だから、一歩でも後ろに下がらせたら見逃してあげる」
衛宮士郎、間桐桜、遠坂凛、ライダーにとって二度目の戦争が、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトにとって最初の戦争が始まろうとしていた。
「私のサーヴァントはね——ドイツ最大の英雄なんだから」
最終更新:2006年09月11日 20:18