95 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/09/21(日) 21:00:19
少女は不敵に笑い、ゆっくりとお辞儀をした。
コートの裾を持ち上げた一礼は、優雅で洗練された動作だった。
幼さに似合わぬ気品が場を一変させていた。
貴人というのは、こういう存在のことを言うのだろう。
少女はたった一つのお辞儀だけで、空気を支配していた。
イリヤが目を細めた。笑うというより、獲物を見定める瞳だった。
「こんばんは、トオサカの当主さん。わたしはイリヤ、イリヤスフィー」
「お腹空きませんかーっ!?」
イリヤの自己紹介を真っ二つに叩き折り、桜は叫んだ。
品性など欠片もない。その野蛮さに、イリヤの支配する空気が霧散した。
喧嘩に必要なのは先制パンチである。
強力な魔力をひしひしと感じさせる巨人と、それを平然と従えたイリヤ。
明らかに強敵だった。
面を喰らったまま、向こうのペースで戦っていい相手ではない。
戦うのなら、桜の土俵に引き摺りこむべきだった。
「え……あの、わたし、別に」
「減ってるでしょう!? ご飯にしましょう! さあ、さあ!」
桜は猛烈な勢いでイリヤを手招きした。
桜の剣幕に圧されたのか、イリヤは一転して弱気な表情を見せた。
「どこがいいですか!? コンビニ!? 牛丼!?」
「わ、わからないけど、どっちもイヤ」
「じゃあ、家に来ませんか!? わたし、料理には自信ありますから!」
「い、イヤよ。セラが居るから、ご飯には困ってないもの」
「なら帰ってください! わたしたち、これからご飯を食べに行くんです!
飽食児童が空腹な人間の邪魔をしないでくださーい!」
桜は怒鳴った。
イリヤは今にも泣き出しそうだった。
奇人というのは、今の桜のことを言うのだろう。
桜は肩で息をしながら、少年の方を向いた。
少年は悲しそうな瞳で桜を見ていた。
「さ、今のうちに相手を観察してください」
「……マスター。今のはさすがに」
「いいから。相当強いですけど、勝てそうですか?」
「…………単純な接近戦が得意と見えます。宝具次第ですが、勝算は十分にあるでしょう」
桜は頷き、イリヤへ向き直った。
「ごめんなさい、イリヤちゃん。お腹減ってたんで、カリカリしてました」
桜はしれっと詫びの言葉を告げた。
イリヤは顔を真っ赤に染めて、わなわなと震えていた。
「な……何なのよっ」
「今度、自慢のハーブ料理をご馳走しますから。それで許してくださいね」
「許すわけないでしょ……このっ! バーサーカー!」
イリヤが呼びかけると、バーサーカーは斧らしきものを片手に歩き始めた。
真っ直ぐに桜たちの居る場所へと向かってきていた。
少年もバーサーカーへ向かって歩き始めた。
右手に剣が握られ、全身が白い鎧で覆われた。
「ふん、だ。こっちには言わせておいて、自分たちは名乗りもしないんだ。
お爺さまの言うとおり、ニホンジンは礼儀を知らないのね」
「あ、ごめんなさい。わたしは桜です。それで彼が……」
桜は手を少年の方へ向け、動きを止めた。
まだ少年のクラス名を聞いていなかったのだ。
「……自分のサーヴァントのクラスも知らないの?」
イリヤが目を細めた。敵というより害虫を見る目だった。
桜は聞こえないフリをした。
「衛兵(ガード)」
兜の奥から少年の声が響いた。
「盾のサーヴァント、ガードと申します」
ガードが立ち止まった。バーサーカーの巨体の前、ガードの背はいかにも小さく見えた。
剣の垂れ布が海風に舞った。
バーサーカーが吼えた。
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最終更新:2008年10月08日 17:33