139 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/09/27(土) 23:40:55
時臣はかつて桜に言った。呪術は魔術ではない、と。
その言い分には一理ある。
他者の精神への干渉は、己の精神が引き摺られる危うさも持ち合わせるのだから。
狂戦士の咆哮が港に轟き、桜を震え上がらせた。
衛兵のサーヴァント、ガードは静かに剣の切っ先を狂戦士に向けた。
その無駄のない動作が、闇夜に浮かぶ白い鎧に映えた。
「やっちゃえ、バーサーカー!」
イリヤが険しい顔で叫んだ。
雄叫びと共にバーサーカーが突進する。
その巨躯にして、何という速さなのか。
十メートルはあった間合いが瞬時に消滅し、ガードの目前に迫った。
バーサーカーが斧を振るう。
豪腕、驚異的な速度。しかし何の工夫もない軌道。踏み込みも甘い。
ガードは逡巡無く、後方へステップを踏んだ。
難なく避けた。桜もガードもそう思った。
しかし刃先が掠めただけで、ガードを覆う鎧の一部が弾け飛んでいた。
ガードがよろめく。
バーサーカーは引き離された間合いを詰め、斧を振り下ろす。
くるりと舞い、ガードはその軌道から身を逸らす。
地面に叩きつけられた斧が、薄い飴のようにコンクリートを砕き散らした。
斧を振るった隙に乗じ、ガードが踏み込む。
だが、剣を振るう時間はない。
横薙ぎにされた斧の腹がガードを弾き飛ばす。
どうにか踏み止まったところに、既に間合いを詰めたバーサーカーが斧を叩きつける。
受けた剣ごと、ガードが再び弾き飛ばされた。
「……だめ」
ガードは読み違えた。桜はそう悟った。
確かに、バーサーカーは単純な接近戦を得意としている。
技巧もない。振るわれる剣筋は、ただ叩きつけるだけの稚拙なものだ。
だが、その威力、その速さ。想像を遥かに超えている。
どれだけ技や身のこなしで勝ろうと、役に立たない。
圧倒的な膂力と瞬発力で、強引に戦局を奪われてしまう。
初手を読み違えたガードに、それを覆す余裕はない。
このままでは、ガードが死ぬ。
ならば、桜が戦況を変えるしかなかった。
桜は走った。
目指す先は、イリヤ。
勝利を確信しているイリヤは、一転して余裕のある表情で戦いを見つめていた。
マスターを叩けば、サーヴァントも消える。
殺せるのか。答えを出す余裕はなかった。
「Anfang(起動),Aufsteh(起ち出でろ).」
イリヤが桜に気付く。だが遅い。残り数歩、それで『影』の射程に入る。
桜とイリヤの目が合った。
イリヤの瞳は深く赤かった。
殺せるのか。再び自問した。
イリヤが笑った。桜は何かに掴まれた気がした。
ぐにゃり、と世界が歪んだ。
「呪術……!?」
魔眼でも持っているのか。一工程の詠唱もなく、イリヤは桜の意識を取り込んでいた。
目に映るイリヤの姿が巨大になっていく。
桜は豆粒のように縮み、イリヤの中に沈もうとしている。
「ま…ずいっ…!」
桜の抗魔力ならば、至近距離からとはいえ、呪縛を弾けない筈が無い。
呪縛を受けたのだとすれば、イリヤの魔術が桜に直接流し込まれているからだ。
視えない糸が桜の胸から伸びていた。
桜は『影』に断ち切らせようとした。
桜は失念していた。
『影』は、桜の深層意識(イド)に深く依るものなのだと。
「……あ」
『影』が糸に触れた瞬間、頭を殴られたような衝撃が走った。
混線した電信のように、ノイズが桜の中を駆け巡る。
意識が混じり合った。
裏返しにされ、水面から落ちた。何かに掴まろうとする指は空を切った。
落ちた先は、暗い部屋だった。
幼い少女が部屋の中で佇んでいた。
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最終更新:2008年10月08日 17:33