183 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/10/10(金) 20:32:47



 黒だけが広がる世界。
 桜だけが浮かんでいる。
 喉からは嘔吐感。動悸は激しく、歯の根が噛み合わなかった。
 これ以上、この虚空に居たくなかった。
「戻らなきゃ。わたしが戻らないと」
 ガードがバーサーカーに殺される。
 戻らなければいけない。
 自身を駆り立て、桜は必死に闇を掻き分けた。
 光は見えない。手に触れるものもない。
『周りの人と同じように、ずっと逃げてきたんでしょう?
 浮つくことで愉しんで、目を逸らして――』
 その言葉が、脳裏に響き渡る。
 愉しんできた。
 確かに桜は浮つき、愉悦で誤魔化してきた。
 苦しかったのだ。
 自分の才が、本来の後嗣に遠く及ばないと知っていた。
 遠坂の家は広すぎて、辛かった。
 それでも、遠坂の魔道を負うのが桜の義務だった。
    ―――杯を得るのが、与えられた使命だった。
 遠坂に相応しい魔術師に、少しでも近づこうとしてきた。
    ―――杯を得るに相応しい、理想の担い手にならなければ。
 意識しないようにしていたけれど、その生き方が。
    ―――本当は、苦しかった。
 苦痛を誤魔化そうと、愉悦という麻薬を呷り続けた。
 生きるために楽しむのではなく、生きることを考えないために愉しみ続けた。
 その姿は、イリヤの言うように、桜の側の誰かと同じだ。
 桜は嗚咽を漏らした。
 止めてしまえばいい。
 苦しむだけの責務など不要だ。
    ―――それでも、その責務を捨てられない。
 捨ててしまえば。
    ―――遠ざけておきたいものが、見えてしまうから。
 思考の端々に、ノイズが混じった。
 周囲の黒は、決して桜を飲み込まない。ただ見つめ、桜が壊れるのを待っている。
 逃げたかった。ここから、責務から、そして何より、責務の後背にあるものから。
 だが逃げ場は無い。自身を紛らわす愉悦も無い。
 為すべき事を課してきた。
 それは考えないために。
 十年前の心を、考えないために。
 時臣が死んだ。葵も居なくなった。
 だが泣かなかった。あの日以来、桜は涙を零したことがない。
 泣かなかったのは、桜が強かったからではない。
 責務を負うことで、紛らわしたのでもない。
 桜は、泣けなかったのだ。
 肌に粟が立つ。
 思い出したくなかった。何を恐れたのか。その答えを。
 桜は必死でもがき続けた。
 だが逃れることなど出来はしない。答えはそこに突きつけられている。
 問いが響く。桜自身の声で。
 何故、泣けなかった?
 本当に、悲しかったのか?
 あのとき考えたのは、孤独になった自分のことだけではなかったか?
「違う」
 本当に時臣の死を悲しんだのか?
 あの感情は、父の無為に対する哀れみではなかったか?
「ちがう、ちがう……!」
 恐れたのは、自分。自分の感情だ。
 家族を失いながら、桜は泣けなかった。
 どうすれば泣けるのか。そんなことすら、考えた。
 家族の死を嘆けない人間など、どうしようもない故障品ではないのか。
 ひょっとして自分は、人間として間違っているのではないか。
 それが、桜の恐れたものだ。
 だから、遠坂の責務を背負うことで考えないようにしてきた。
 だから、キリツグという誰かが帰らないと嘆けるイリヤを、見ていたくなかった。
 十年前から、心に差し込む影がある。
 浮かび上がった『影』は、まるで自分の心を表しているように思えた。
 幼いころは無意識の恐れだったが、今ならはっきりと理解できる。
 桜が何より恐れたのは、自分の心だ。
 何かが溢れ出す。
 堰が切れた。桜はそう思った。


活:見えたのは恋する人。
喝:見えたのはガード。
克:見えたのは葵。


投票結果


活:5
喝:0
克:0

連載時コメント


+ ...
184 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/10(金) 21:05:02
活:見えたのは恋する人。

桜の恋する人って誰だ?
凛?慎二?士郎?綺礼?


185 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/10(金) 21:11:45
活:見えたのは恋する人。

この桜の恋する人っていうのが凄く気になる


186 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/10(金) 21:19:26
活:見えたのは恋する人。


187 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/10(金) 21:20:33
活:見えたのは恋する人。
尻にしか興味のないフェチじゃなかったのか…


188 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/10(金) 22:10:37
活:見えたのは恋する人。

案外、凛じゃないだろうか。


189 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/10(金) 23:19:40
活:見えたのは恋する人。

士郎の「尻」とかいうオチじゃないだろうな


190 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/11(土) 00:15:50
慎二はありえねーと思うし、士郎は生徒会室でのやり取りからやっぱりない。
綺麗は問題外とすると・・・一成あたりとか?


191 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/11(土) 08:49:32
別に桜が恋する人とは限らないんじゃないかな。
桜「に」恋する人とか、まったく関係なくて絶賛片思い中の誰かさんとかかも知れないし。


192 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/11(土) 20:59:53
間桐のオジサンですね、わかります


193 :僕はね、名無しさんなんだ:2008/10/12(日) 09:30:36
読み返してたら第11話で「桜の想い人」って書いてあったぜ!


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最終更新:2008年10月12日 22:40