170 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/10(日) 00:56

観音開きの扉を押し開ける。
内観は外観から想像したのよりもかなり広く、白亜に染められた荘厳な礼拝堂だった。
席も多数あり、これなら日中に訪れる信仰者もかなり多いという事なのだろう。
そして此処の主——言峰という神父は、これほどの教会を任せられるのだからよほどの人格者と見える。
だが、どこか腑に落ちない。
聖職者たる神父が、何故魔術を使い、聖杯戦争の監督役などというモノを勤めているのか。
教会の強固なる原則として、魔術は排除すべき異端にみなされるのではなかったか。
なんにせよ厄介な人物には違いない。
俺は少し浮ついてた気を頬を叩いて引き締め、こんな時間に迷惑ではないか、という気持ちを引っ込めて、
神父たる言峰氏を呼び出すために声を張り上げた。

「すいませーん、言峰さーん、居ませんかー……? 綺礼さーん……?」

声は思いのほかよく響いた。
そして暫しの間待つが、言峰氏からの返答は無い。
やはりこんな時間、もう寝てしまったのか……と危惧しながら、それでもの場合に備えて、聞きたい話を纏
めることにした。
サーヴァントや宝具の事はライダーの説明で大体理解できている。俺が聞かなければならないのは、どうし
て聖杯戦争なんてものが起こったのか、そこへ至る経緯、背景、何故殺し合わなければならないのか、とい
った聖杯戦争というふざけた催し物についての事だ。
勿論ここまで来たのだから今更それを聞いたところで逃げはしない。ライダーに助けられ、契約し、ランサ
ー……サーヴァントと戦い、打倒し、自らの意思でライダーの力を借りて——ここらでちょっといざこざが
あったけれど、結果的にセイバーと戦い、そのマスターの遠坂と対峙した。もう後に引けない事などじゅう
じゅう承知している。だからこそ、このまま詳しいことを知らずに戦うのはいけないだろう。正直、あらゆ
る望みを叶える聖杯、といわれても未だにピンと来ないし、欲しいとも思わないのだから。

「居ない……か」

考えを纏め、周囲を見渡す。
しかし相変わらず言峰氏からの返答はなく、本人が姿を見せる気配もない。
礼拝堂の中は所謂神聖で厳かな雰囲気に包まれ、夜の静寂を保っている。

「やっぱりこの時間なら私室だよな」

その私室の入り口がどこかわからないから声を掛けたわけだけれど、こうなっては仕方ない。
一見どこにも見当たらないし、いくら堂内が広いといっても、二三分探せば直ぐに見つかるだろう———
—、と

「————礼拝の時間はとうに過ぎている」

かつん、と足音を響かして、果たしてその人物は祭壇の裏からゆらりと現れた。

「だが、信徒たる諸君らが救いを求めるというのならば、それを与えよう————」

驚く暇さえ与えない。
その人物——言峰神父は、重厚な印象を感じさせる司祭服に身を包み、とても聖職者とは思えない人を射抜
き、品定めをするような視線を以って此方に歩いてきた。

「…………っ」

知らず、後じさる。
……別に怖ろしい訳でもない。
……この人物に敵意を感じる訳でもない。
だが、視線や大柄な体格を含め、この言峰という神父から発せられる威圧感が質量を持って俺の肩に圧し掛
かってきていた。

171 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/10(日) 00:56

「何を構えている、少年…………と、どうやらその様子では教えを乞う為にやって来た訳では無さそうだな。
 さて少年よ————いったいこんな夜分に何用かね」
「————————」

俺の目前数メートルのところで神父が立ち止まった。
だが、そんな至近だというのに直ぐに返事を返すことが出来ない。いや、自らの意思でしなかった。
……直感的に悟ったのだ。
何用か、などと自分で聞いておきながら、きっとコイツは俺が聖杯戦争に巻き込まれたマスターであると知
っていると。
証拠に、現にこの瞬間コイツは身構えを深くした俺を見てくくっと愉快そうに笑っている。
だから、重圧や嫌な雰囲気に負けないように腹に力を入れてから、神父を睨むようにして問いに対して問い
で返答した。

「……アンタが言峰綺礼なのか」

呼び捨てに抵抗など感じない。
はっきりいってコイツは気に入らない。生理的に受け付けないというやつだ。

「————ほう、私を名指しするとは。なるほど、やはり只の参拝客ではなさそうだ。
 君が如何なる用件で私を訪ねたかは大体想像がつくが…………、話の前にまず名乗りたまえ。それが礼儀
というものだろう」

そんなことも判らないのかね、といった風に肩を竦めて見せる神父。
何故この男の行動にこれほど嫌悪感を感じて腹が立つのか判らないが、とにかく一刻も早く目的を果たして
帰りたい。

「————俺の名前は衛宮……衛宮士郎だ。遠坂に言われて此処に来た。アンタが————」

早口にそう言って『アンタが聖杯戦争の監督役をしているのに間違いはないか』と尋ねようとしたが、不意
に変わった空気に遮られた。
神父が俺の名前を聞いた、その刹那の間、驚きで目を見開いたのだ。

「エミヤ————衛宮、士郎」

神父はそう静かに呟いた後、目を細め、何か喜ばしいモノに出会ったかのように笑った。
——その笑みが、俺には例えようもなくおぞましいモノに感じられて。

「————っ」

重圧が悪寒に変わる。
ぞくりと背筋を走った悪寒はそのまま全身を駆け巡り、脳に到達し、警鐘を打ち鳴らす。
コイツには気をつけろと、コイツは信用するなと。

「————なるほど……そういうことか。よかろう、歓迎しよう七人目のマスターよ」

笑んだその表情を崩さず神父は大仰に手を広げて見せた。
その仕草の一つ一つが何故か癇に障る。

172 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/10(日) 00:59

「凛から紹介されて来た、と言ったな——なるほど、不肖の弟子ながらよもやこのような形で恩を返すとは
 アレも中々可愛いところがある…………と、話が逸れたな。マスターになった者は此処に届けを出すのが
決まりになっている——そういう意味ではアレはマスター失格だが——誠意を示して此処に来てくれた君に
は出来うる限りのもてなしをしよう。
 ————さて、それで肝心の用件は何かね」

淡々とした神父の声がそこで一端区切られる。
俺はそこで一つ息を吸い、気を落ち着ける。
落ち着けて、重圧に負けじと神父の目をきっちりと見返した。

「……訊きたい事がある。もちろん聖杯戦争についてのことだ。
 俺はラ——自分のサーヴァントの説明で大体のことは判ってる。けれどそもそも聖杯戦争ってのは何なん
だ? 何故こんなふざけた殺し合いをしなくちゃならない」

心の中に蟠っていた事をぶちまける。
すると神父は何やら考え込むようにふむ、と一つ間を置いて、だがそれも刹那——何故か酷くがっかりした
ような感情を和すかに瞳に滲ませて、俺を見下すように喋りだした。

「————衛宮士郎よ、厳密に言えば聖杯戦争とは七人のマスターとサーヴァントが聖杯を求め殺し合う争
い、ではない。聖杯戦争とは聖杯が自らの意思で七人のマスターを選び出し、サーヴァントを召喚し、誰が
一番自らの持ち主にふさわしいかを選ぶ選定のための儀式、聖杯から与えられた試験といった方が正しい」

「全てを決定するのが聖杯であるが故にマスターになるものに拒否権は無い。
 さらに霊体である聖杯にはサーヴァントしか触れられない。聖杯戦争でマスター同士が殺し合うのはその
ためだ。サーヴァントを以ってしても破りがたいサーヴァントと戦うよりマスターを狙った方が遥かに効率
的だからな……だがその殺し合いの報酬は万能の聖杯だ、依存はあるまい」
「————————」

仕草が癇に障れば、その台詞も癇に障る。
だが神父の説明は先ほどのもてなす、という言葉とは裏腹に酷く簡略にされたようなもので、且つ簡単に納
得できるようなものではなかったが、反論をさせない、許さない威圧感があった。
つまるところは——認めたくないが、この神父の言っていることは全部正しいのだろう。
俺はならばと、今の説明の中で気になった点を尋ねた。

「————それじゃあ逆はどうなるんだ。あんたの話からするにサーヴァントを失ったマスターにはもう価
値がないだろう? それじゃあ————」
「いや、令呪——のことは知っているな。それがある限りマスターの権利は残る。マスターとはサーヴァン
トと契約出来る魔術師の事だ。令呪があるうちは幾らでもサーヴァントと契約することが出来る」

「マスターを失ったからといってサーヴァントは直ぐに消えるわけではない。彼らはその体内に貯蓄されて
いた魔力が尽きるまでは現世に留まることが出来る。そういった”マスターを失ったサーヴァント”がいれ
ば、”サーヴァントを失ったマスター”とて再契約が可能になる——戦線復帰が可能になるということだ。
 これはマスターを狙う、殺す理由の最たるものともいえる。下手に生かしておけば新たな生涯になる可能
性があるからな」

173 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/10(日) 01:06

「さらに令呪を失ったからと言って殺されない、というわけでもない。
 確かに令呪が無くなればマスターの責務からは解放される、だが同時にサーヴァント——人智を超えた強
大な力を持った英霊を律する切り札を失うことにもなる。そうすればマスターは己がサーヴァントに殺され
ることになるだろう————契約を、聖杯を裏切った代償としてな。
 ……もっとも、強力な魔術を行える令呪を無駄に使う魔術師などが居るとは思えないが。
 居たとすればソイツは半人前の未熟どころかただの腑抜け、ということだろう?」
「————————」

俺の言葉を遮ってまでした長い説明を終え、神父はふふ、とお前の考えなど見透かしているかのように笑う。
その様は酷く癪だが、生憎今のは念のために訊いただけだ。
ここまで来てライダーとの契約を反故にするなんてことは絶対にしない。

「もしマスターを放棄する、又はサーヴァントがやられた場合は此処、教会に来ればいい。
 その場合は聖杯戦争が終わるまでの君の安全は私が保証しよう————尤も、その表情を見るにどうやら
やる気だけはあるようだが、これは一応監督役としての義務なのでね。繰り返される聖杯戦争の監督をする
為に派遣された私の使命は聖杯戦争による犠牲を最小限にとどめることなのだ。
 故にマスターでなくなった魔術師を保護するのは監督役としては最優先事項なのでな」
「————繰り返される…………?」

ちょっと待て。
そんな言葉はライダーも言わなかった。初めて聞いた。
繰り返される、ということは、つまりこんな戦いが今まで何度もあったってことなのか……?

「ちょっと待て……それはどういうとだ。聖杯戦争ってのは今に始まったことじゃないのか」
「無論だ。出なければ監督役などというモノが作られると思うか?
 この教会は聖遺物を回収する任を帯びた特務局の末端。極東の地に観測された第七百二十六聖杯を調査し、
それが正しいモノであるのなら回収し、そうでなかれば否定しろ、という聖杯の査定の任を帯びている」

184 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/20(水) 17:04

「な、七百二十六——」

待て。ちょっと待て。待ってくれ。
七百二十六?
なんだそれは。
聖杯ってのはそんなに沢山あるものなか……?

「驚くことではない。少なくとも”聖杯らしきモノ”ならばそれだけの数があった、という事だ」

「そしてその中の一つがこの冬木の町で観測される聖杯であり、聖杯戦争だ。
 記録では二百年ほど前が一度目、以後約六十年周期でマスターたちの戦いは繰り返されてきた。
 聖杯戦争は今回で五度目。前回——第四回聖杯戦争が十年前であるから今までに最短のサイクルというこ
とになるが」

そんなことは瑣末ごとだ。
とでも言うかのように神父は鼻でわらって見せた。

「な————、正気かお前ら、こんな事を今まで四度も続けてきたのか……!?」
「まったくの同感だ。お前の言うとおり連中はこんな事を何度も繰り返してきたのだよ。
 ————そう。
 過去、四度に渡って繰り返された聖杯戦争はその悉くが苛烈を極めてきた。
 マスターたちは己が私欲に突き動かされ魔術師としての教えを忘れ、ただ無差別に殺しあった」

「無論、君も知っていると思うが——魔術師にとって魔術を一般社会で使用する事は第一の罪悪だ。魔術師
は己が正体を人々に知られてはならないのだからな。
 だが、過去のマスターたちはソレを破った。
 協会は彼らを戒める為に監督役を派遣したが——それが間に合ったのは三回目でな。その時に派遣された
のが私の父という訳だが……」

これで納得がいったかね。と神父。

「——ああ、監督役が必要な理由は判った……けれど今の話からすると、この聖杯戦争ってのいうのはとん
でもなく性質が悪いモノじゃないか。もしそんな魔術師たちの手に聖杯が渡ったら大変なことになる。監督
役ならそんな奴らに聖杯が渡らないようにするか、罰する————」

————べきじゃないのか。
密かな期待を込めて問おうとする。
だが、そんな俺の言葉を神父は慇懃な仕草でおかしそうに笑って遮った。

「随分とおかしなことを言うな、少年。私利私欲で動かぬ魔術師などおるまい。我々が管理するのは聖杯戦
争の決まりごとだけだ。その後のことなど知らん。どのような人格を持った者が聖杯を手に入れようが協会
は一切関与しない。
 先ほども言っただろう、聖杯の持ち主を選ぶのは聖杯自身だと。そして聖杯は万能だ。選ばれたマスター
はやりたい放題だろう。そしてそれを止める力など私たちにはない————」

……と、神父はそこで、何かとんでもなく良いアイデアを思いついた。
といった風に目を細め、口元を歪に歪めてみせた。
そして、その目で俺を見下しながら、まるで最高の玩具に出会った子供のような————

「————そうだ。それが嫌だというならば衛宮士郎、お前が勝ち残ればいい。
 簡単な話だ。他人を当てにするよりはその方が何より確実だろう————」

「それに加え勝ち残る、ということは聖杯によってお前の望みも叶う、ということだ。
 ————そう、死傷者五百名、焼け落ちた建物は百三十四棟。いまだ以って原因不明とされる十年前のあ
の火災、前回の聖杯戦争によって齎されたあの厄災の全て、それさえもなかったことにも出来るだろうよ」
「—————————」

その言葉を聞いた途端、

視界がぐらりと揺らぎ、同時に、あの日の決して忘れようのない地獄の光景が脳裏に浮かんだ。

185 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/20(水) 17:05

赤。
燃える草木。溶けた石。抉れた地面。焦土。
黒。
人型。何百と並ぶ。呻き声。助けを求める声。死体。

その中を歩く。灰色の空の下、燃える空気を吸い、焼け爛れた皮膚と炭化した足を引きずって歩く。
怨嗟の声の合唱が響く中、ただ一人生き残った。
けれどソレも限界。既に死に体の俺の体は、無惨に地面に倒れ臥し、そして、そんな俺を————



「—————————」

吐き気がする。
頭が痛い。感覚が曖昧だ。
焦点がぼやけ、ぐらりと体崩れ落ちそうになる。

「—————————っ」

だが、その前にしっかりと踏みとどまる。
歯が軋むほどに噛み締めて意識を保つ。
倒れかねない吐き気を、ただ、沸き立つ怒りだけで押し殺した。

「————どうした少年、面蒼白になっているが……まぁ無理もない。この町に住む人間ならあの出来事に
よくない記憶を持っていても仕方ないというものだ」

俺はよほど蒼い顔をしていのたのか。
神父でさえそんな言葉を俺に——何故、笑いを噛み殺しているのかは判らない——かけてくる。
だから立ち直った。
ヤツは信用できない。信用してはいけない。
何を考え言葉をかけたのは判らないが、コイツはこれっぽっちも俺のことを心配などしていない。

「……アンタに心配される筋合いはない。それにアンタの変な言葉を聞いたらおさまった」
「————そうか、ならば話はここまでだ。
 それでどうする、少年。
 聖杯を手に入れる資格がある者はサーヴァントを従えたマスターのみ。君達七人が最後の一人になったと
き、聖杯はおのずと勝者の元に現れよう。
 その戦い———聖杯戦争に参加するのかの意思をここで決めたまえ」

神父は最後の決断を問う。
それに、

「————勿論戦う。自分のサーヴァントと契約していたときから決めてた。ここに来たのは疑問を解決—
—結局は増えちまったけど、それでも心構えはできた。
 十年前の火事の原因が聖杯戦争だっていうんなら、俺はあんな出来事を二度も起こさせる訳にはいかない」

自分に言い聞かせるように、決意を新たにするように力強くそう答え、

「————そうか。ならば君をマスターとして認めよう。
 この瞬間に聖杯戦争は受理された。存分に戦いたまえ————」

そんな、意味のない宣言を聞きながら。
二度とこの男とは拘わりたくない——そう考えながら形ばかりの礼をして、出口に向けて歩き出した。
向う場所はひとつ。
己がサーヴァント、ライダーの元へ————

186 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/20(水) 17:06

外に出た瞬間、両肩に押しかかっていた重圧が綺麗に消え去った。
あの神父から離れた、ということもあるが、

「どうかしましたか、シロウ」
「……い、いや、なんでもない」

頬をかきながら返答する。
外に出た瞬間、音もなく俺の元に駆け寄ってきたライダーの、目のやり場に困る格好や無表情な顔を見て毒
気が抜かれた——というか、家に帰るときはまたアレに乗らなきゃいけないのか、とか、家に帰ったら窓の
掃除もしなきゃならない、とか、これで遠坂と完璧に敵同士になったな、とか、神父に聞いた話もそうだれ
ど、これから考えたり解決しなくちゃいけない問題が多すぎて、いつまでも沈んでいられなくなったのだ。

「————————」

ライダーは俺の傍に立つと、じっと無言でこちらを見つめてくる。
恐らく神父の説明を聞いた上で尚戦う意思があるのかどうか、という事が気になっているのだろう。

「ライダー」
「はい」

深く息を吸う。
呼吸を落ち着け、今から紡ぎだす言葉を己の中で十分に整理する。

「神父の説明は——なんていうか余計俺を混乱させるようなものだった」

思い出す。遠坂とセイバーが家にやってきたときのことを。
あの時はただ、サーヴァント同士の戦いを目の当たりにして、ランサーが打倒されるところを見て、ライダ
ーの力を見て、これなら侵入者——襲撃者を追い返せるんじゃないか、倒せるんじゃないか、ぐらいの決意
だった。
けれど今は違う。

「けど俺はやっぱり戦う——」

あの時も戦う、とは言った。
しかし今度はその言葉に込められた重みも意思も決意の固さも、その全てが違う。

「——十年前の話なんだけどさ、凄い火事が起きたんだ。
 それは聖杯戦争が原因で起きたって神父は言ってた。それで、実を言うと俺も火事の被害者で、だからあ
れがどれだけ凄惨な出来事だったかは誰よりも知ってる」
「————————」

ライダーは黙って俺の話を聞いていてくれる。
周りくどい俺の言葉に不満の色を僅かに示すこともなく。

「だから俺は二度とそんな出来事が起きないように戦う。
 関係ない人間が巻き込まれないように、犠牲者が出ないように……それがどんなに難しいことかは判って
る。相手は俺なんかとは違うきっと腕が立つ魔術師たちで——しかも、私利私欲に動かされて滅茶苦茶をす
る奴らかもしれない。だからそんな奴らを止める為に、そんな奴らに聖杯を渡さないためにも俺は戦う」

十年前の火事で生き残ったのは、俺、ただ一人。
ならば俺は絶対にあんな出来事を繰り返させてはならない。起させてはならない。
あの火事の中死んでいった人のためにも。生き残った自分のためにも。俺を救ってくれた親父のためにも。

「————————」

ライダーは相変わらず無言だ。
その姿をまっすぐに見つめ、腹のそこから声を絞り出す。

「けれど、だからと言って俺は自分からマスターを殺しまわる、なんてことはなしない。向ってきた相手や
相手や、関係ない人を巻き込むようなヤツには容赦しない。でも出来るだけマスターは殺したくないんだ。
 それはとても甘い考えだと思う。困難な事だと思う。
 でも俺は戦う。戦うって決めた。未熟で半人前な俺だけれど、絶対にそうししてみせる、って決めたんだ」

「だからライダー、お前には凄く負担をかけると思う。我侭な願い、都合の良い頼みだとはわかってる。け
れど頼む。
 ————俺に力を貸して欲しい、一緒に戦って欲しい。このとおりだ」

言い終えて、深く頭を下げる。
背中に汗がつたう。
鼓動が早くなる。歯を食いしばる。
左拳をきつく握り締め、崩れそうになる膝に力をこめ、あの時と同じように右手を差し出した。

187 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/20(水) 17:07

「————————」

ライダーは無言を保ったままで反応を示さない。
俺の言葉を吟味しているのか、それとも呆れているのか、はたまた怒っているのか。
——正気ですか、シロウ。
想像したくないのに、そんな言葉を無機質な声音で呟く彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
けれどそう言われても仕方がないことを俺は言っているのだ。
だから断られたときは腹を括ろう。
本当に、莫迦の一つ覚えみたいに一つの魔術——それも中途半端な魔術しか仕えなくて、知識も力もない半
人前な俺だけれど、それでも聖杯戦争にかかわってしまった以上、絶対に逃げない。一人でも戦ってみせる。
すぐに殺されるかもしれない。けれど、それでも戦おう。戦い抜こう。

ひゅう、と一陣の冷たい風が吹いた。
どれほどの時間が経ったか判らない。
もしかしたら十秒足らずだったかもしれないし、十分以上経過していたかもしれない。
そんな、時間の感覚すらなくなってしまうような沈痛な沈黙。

「あ————」

その沈黙を破ったのは、果たして、

「……正直に言えば呆れました。いったい我がマスターは何を言っているのだろう、と。そのような所業、
たとえマスターが一流の魔術師であっても成し得ない。
 ですが————」

驚いて顔を上げる。
右手にはライダーの、あの細くて柔らかい、けれど力強い手が添えられている。

「もう忘れてしまったのですか、マスター。
 私は誓ったはずです。これより我が剣は貴方と共に、貴方の運命は私と共にあると、そしてライダーの名
にかけて、我らの進路に立つ悉くを蹴散らしてみせましょう、と」

顔を上げたその先には、口元に笑みを浮かべたライダーの顔。

「じゃ、じゃあ……」
「————ええ。改めてここに、私は貴方と共に戦う剣となり、貴方を守る盾となることを誓いましょう」
「あ————ありがとう…………っ!」

ぶんぶんと腕を振って握手をする。
心の中には安堵、とか、恥ずかしい、とか、これからどうしよう、とかいろんな感情が渦巻いている。
勿論不安の方が圧倒的に大きいそれだけれど、今は、今だけはそれさえも忘れてしまった。
なんでライダーが此処まで俺に良くしてくれるのは判らない——それがマスターとサーヴァントの関係かも
しれないけれど——とにかく嬉しかった。

「本当にありがとう…………!」

何度も頭を下げながら腕を振り回す、
傍から見ればさぞ滑稽に見えるだろうな、なんて思いながら、あの時とは違って、長い時間互いの温もりを
共感する。

「シロウ————」

ライダーが口を開く。
また礼を述べる必要はありません、とたしなめられるのかと思ったが、何故か、その声は酷く切迫していて
————

「————そのまま後ろに飛びなさい…………っ!!!」
「え————」

どん、という凄まじい衝撃。
驚く暇も何もない。
ただ、ライダーがそう叫んだ瞬間、俺の体はライダーに突き飛ばされて、

「がっ…………!?」

十数メートル後方、教会の庭、広がる芝生を抉っていた。

「はっ、つ————っ、…………あっ! な、何だ————?」

意識が飛びそうになる。
背中を強打して、肺の中の息が全て吐き出された。
いったいなんだっていうんだ……!?
それでも霞む視界の中、首を起して俺を突き飛ばしたライダーの姿を探す。

————そして、

「え————————」   

果たして、ライダーの姿は直ぐに見つかった。
握手を交わしていたその場所。
俺を突き飛ばしたそこから一歩も動くことなく、


1 その半身を、大きな石の塊りのような矢に抉られていた。
2 その身体を、無数の剣や槍に貫かれていた。
3 その半身を、大きな岩の塊りのような斧に抉られていた。
4 何が起きたのか。広がるクレーターの中、傷一つなく、だが、その両の手に短剣を構えて立っていた。
5 足元に無数の黒い剣を散りばめながら、両の手に短剣を構えて立っていた。
6 右足を、長柄の赤い——どこかで見覚えのある槍によって、地面に縫い付けられていた。

投票結果

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2006年09月03日 19:34