224 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/26(火) 22:25

「————ライダー……?」

————目の前の光景に、思わず息を飲む。

異様だった。
広大な教会前の広場——スター状に広がる罅の中心。そこに小さなクレーターが出現している。
その中央に一本の巨木が聳えていた。翼竜の羽と、岩を削りだしたような、無骨で、されど鋭い鏃を持った
矢。そう、矢。どれほどの力で——どれほどの弓をもって射られたのか。そのクレーターの中心に突き刺さ
っているソレが、そのクレーターを作り出した張本人であった。
そして。
赤い液体を被ったソレの直ぐ傍に、ライダーは居た。

「ぐ————」

左腕で右肩を押さえ、端正な顔。その口の端から赤い筋を垂らしたライダーは苦悶の声を洩らす。
その左腕を伝い、黒衣を染め、矢に降りかかり、地面に落ちる鮮血。

「ライダー……?」

————どくん、と心臓がひとつ高鳴った。

……死ぬ。
直ぐに死んでしまう、と思った。
そう思ってしまうほど、ライダーの傷は酷かった。
あるはずのモノがそこに付いていない。付いているはずのモノが、そこにない。二本あるはずのモノが、一本
しかない。細い体が、細い腰が、さらに、さらに細く、細くなっていた。
ライダーは、その半身を————俺と握手を交わしていた方の右半身を、ごっそりと削り取られていた。

「————ライダーっ!」

目の前の光景を信じたくない。夢だと、錯覚だと思いたい。ついさっきまで手を取り合って、笑みを交わして
いたライダーの顔が脳裏に浮かぶ。ギャップのありすぎるソレ。だから、こんな悲劇は悪夢なんだと信じたい。
けれど。気が付けば、視界には流れる景色。意思とは反対に俺の体は飛び上がり、全速力で地面を蹴っていた。
崩れ落ちそうになるライダーの体。たたらを踏んで立ち止まるソレを支えるために走り出していた。鮮血を撒
き散らし——俺をその矢から庇うために負った傷から、夥しい量の鮮血を撒き散らし。喘ぐように開いた口か
ら、こほっ、と赤いモノを吐き出したライダーを助けるために、俺は再び矢が襲ってくるかもしれない、とい
う危惧を綺麗さっぱり無視をして。
————己が本能の赴くまま、正義の味方になりたい、なるんだという信念のまま、無我夢中で駆けていた。

「シロ、ウ……、来てはなり、ませ…………!」

駆け寄る俺に気が付いたライダーが、手で俺を制する。
制しながら、血と言葉を同時に吐き出す。

「————————っ!」

その言葉に、その顔に、目の前が真っ赤になる。
————なんでお前は。そして、何で、俺は。

「いけな、い————シロウ……! 逃げてください——!」

ライダーは俺を制したその手にどこから取り出したのか、短剣を握り、尚も駆ける俺に向って怒鳴る。
隆隆と流れていた血は何時の間にか止まっていた。
だけれど、傷はそのまま。右半身を削られた、などという瀕死どころか即死してもおかしくはない傷、喪失は
そのままだ。
そんな体。そんな体で、ライダーは俺に来るなといい、逃げろといい。
————そして、なおも戦おうとしている。

225 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/26(火) 22:26

「——っ! 馬鹿っ、何言ってるんだお前————!」

走りながら声を上げる。
違う。馬鹿はお前だ。
サーヴァントが一日にどれくらい戦えるか知らない。けれど、ライダーはランサーと既に戦っていて、必殺の
奥の手だという宝具まで使っている。
だから早く俺が、背筋に突き刺さるこの悪寒。わるい予感がホンモノになる前に、彼女を助けないと————


「我が弓を躱すとは————さすがは七騎の中でも随一の俊敏さを誇ると謡われるライダーのサーヴァント」


————低く、地の奥底。深淵の果てから響いてくるような声だった。


「もう! どうして外したのよ、アーチャー」


————高く、まだ子供。幼い、少女の声だった。



「————————」

————二つの声が、夜に響く。

その声を聴いた途端、左手がズキリと痛んだ。
その痛みに促されるように足を止める。
ライダーまであと十メートル。あと数歩でたどり着くという其処で、足を止められた。

「————————っ」

思わず息を飲む。同じ気配がライダーからも伝わってきた。
声のした方角。広場の入り口。
見るな、見てはいけない、と本能が告げているのに、いやがおうにも視線が其処に引き寄せられる。
空には煌々と輝く月。

————そこには。

月光に照らされて、伸びる影。
同じ月光に照らされた教会前の広場。神の教えを救いを乞いに人々が集い、憩う其処に、それは、在ってはな
らない異形だった。

「————馬鹿、な」

愕然。呆然。信じられない、といった様子で言葉を洩らすライダー。
……追求する必要などない。
アレは————あの二体の同形の巨人は紛れもなくサーヴァントであり、
同時に————十年前の火事など比べ物にならない、圧倒的、という言葉すら霞むほどの、死の気配だった。

233 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/31(日) 16:24

「————こんばんはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

暫く傍らの巨人——同形の二体のうち、巨大な弓を持った方、アーチャーと呼ばれたソイツとなにやら言い合
いをしていた少女がこちらに振り返る。

振り返って、そんな台詞を無邪気に微笑みながら言った。

「————————」

その無邪気さに全身、いや、意識までも完全に凍っている。
アレは、化け物だ。
馬鹿みたいに大きな斧みたいな剣を持ったヤツも、アーチャーと呼ばれたヤツも。
視線さえ合っていない。けれど、ただアイツらがそこに在るだけで身動きがとれなくなる。
少しでも動けば。指先。それさえも動かせば、その瞬間に死んでいるだろう、と当然のように納得する。
同時に——先ほどの矢、少女がどうして外したのかと怒っていたあの一撃が、態と外されたものだと直感的に
悟った。アイツらがその気になれば、俺など赤子の手を捻るよりもたやすく殺される。殺されている。俺を矢
から助けてくれて、その代償に右腕を失ったライダーも、あるいは————

「————————」

喉がカラカラに渇いている。
肺が酸素を求めている。
けれど、水分を、酸素を求めて口を動かす事さえ出来ない。
いや、それを苦しいとさえ感じない。
あまりにも助かるという希望が少ない。だから、何も、何も感じない。恐怖も焦りも何も感じない。ただ、絶
望だけがこの身を支配している。判るのも、感じるのも、それだけ。

「————く。さすがに、コレは」

麻痺している俺とは違い、ライダーにはまだ腰を深く落し、短剣を構える余裕がある。
……けれど、それも僅かなモノだろう。
右腕を失ったとはいえ、あれだけの俊敏を誇るライダー。彼女一人だけなら、あるいはなんとかなるかもしれ
ない。しかし、それも相手が一人までならだ。こんな化け物を二体相手にしたらさすがのライダーも分と持た
ないだろう。ライダー自身もそれを、きっと俺以上に明晰に悟っているのだろう。隣から伝わってくる気配も
声にも隠せようのない焦りが滲み出していた。

「あれ? なんだ、外れたと思ったけれどサーヴァントには当たってたんだ」

広場の入り口。ライダーを一瞥して、少女はさも意外そうに言う。

「————————」
「ふふ。無駄よ、アナタがどこの英霊かは知らないけれど、左腕一本じゃあ話にならないわ。大人しく潰され
なさい————」

————と。
短剣の切っ先を己に向けたライダーに向けて、そんな言葉を呟いていた少女が、突然。

「————ごめなさい、お兄ちゃん。自己紹介がまだだったね。
 私の名前はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわか————」

「————らないわよね。あの男がお兄ちゃんに私たちのコトを話すわけないもの」

行儀よくスカートの裾を持ち上げて、とんでもなくこの場に不釣合いなお辞儀をして、俺に向けて、微笑む。
しかしそれも束の間。表情を消し、よく判らない台詞を冷たい声音で不機嫌そうに呟くと、

「じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー、アーチャー」

それさえも、一転。
嬉しそうに笑みを零しながら。
まるで歌うように。背後の異形たちに命令した。

236 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/31(日) 16:55

「任され————」
「■■■■■■■■————————!」

巨体が飛ぶ。
アーチャーと呼ばれたモノ。そいつが弓に矢を番え、少女に了承の意を伝える、その言葉を鉄の咆哮で遮って
バーサーカーと呼ばれたモノが、広場の入り口からここまで何十メートルという距離を僅か一足の踏み込み、
一息で跳躍してくる————!

「————シロウ、動かないで下さい……!」

ライダーが駆ける。
いや、その姿が掻き消える。

「え————」

掛けられた言葉と、そのあまりもの速度に呆然としていた、そこに。

「げぇ……っ!?」

凄まじい速度で俺の胴体に回される腕。
その衝撃に息が詰まる。
詰まって、次の瞬間。反転し、猛烈な勢いで流れる視界に、浮遊感。

「■■■■■■■■————————!」

俺を片腕で担ぎ上げ、残像さえ捉えさせない速度で駆けるライダーがその場から離脱したのと、
旋風を伴って落下してきた——バーサーカーと呼ばれた鉛色の巨人とは、まったくの同時。

「なっ…………!?」

大地が爆ぜ、空気が震える。巻き上がる砂煙に、飛び散る石板の破片。
岩塊そのもの、といっても過言ではないような大剣が広場に新たなクレーターを穿つ。
高速で駆ける——元来た道や、正規の入り口ではない。小高い丘を囲むように茂る林。そこを目指して駆ける
ライダーの腕の中。その光景を見ながら、口を開けば舌を噛む。そんな危惧さえも忘れて、その凄まじい破壊
に衝撃を隠すことが出ず、思わず驚嘆の声を上げた。

「っ————」

ライダーが口元を歪める。
それを見て、馬鹿なことをした、と勘違いじみた後悔をする暇も無い。
片腕しかなく、その片腕俺を抱えたそんな状態でさえ、人間の目では残像さえ捉えさせ無い速度で駆けている
ライダー。
そこへ

「————遅い」

その高速さえも、自分の前では遅いと。
低く響き渡る、絶対の自信に溢れた、そんな声と
ライダーの動きを完全に見切っているとしか思えない、そんな正確さをもって、
空気、空間を爆砕しながら、戦車の大砲じみたアーチャーの矢が飛来する————!

237 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/31(日) 17:50

「—————っ!」

鼓膜を破裂させようかというほどの轟音。
文字通り大気を裂きながら飛来した巨大な矢。
それは、果たして、騎兵の銘を冠した紫の流星を捉えていた。

「…………っ」

……息を飲む。
広場に三つ目のクレーターを穿ったソレは、駆け抜ける俺たち、その僅か後方二メートルほどのところに着
弾していた。
————広場に生やされた、都合二本目の、巨木。
そんなアーチャーの狙撃の正確さにも、矢の威力にも、それさえも回避してみせたライダーの能力。
……その全てに呆気にとられて、思わず息を飲んだ。

「—————あ」

暫く呆然とする。
一秒にも満たない刹那が暫しと呼べるものかどうかは判らないが、とにかく一瞬だけ思考を停止させて、

「つ—————」

視界に飛び込んできた幾筋もの紫の線。
糸を引くように、一本一本が美しく流れたソレが、ライダーの髪の毛だと理解するのと同時に、
ソレに混じって中空を舞う赤い液体、俺の体にも降りかかったソレが、ライダーの血液だということも理解し
て、

「ばっ、ライダー! 離せ、このままじゃ……!」

黒衣を突き破り、背中に突き刺さった幾つもの破片。
深く抉ったものあるのだろう、だくだくと、かなりの量の血が溢れている。
明らかに、重症。しかし、尚も俺を抱えて駆けるライダーに向けて、声を張り上げた。

「——だま、っていてください……シロウ。舌を、噛みます」

深く歪められた口元。
端正な顔にソレが不釣合いなら、僅かに赤褐色を帯びていた黒衣。それを再び染め上げ、苦しげに吐き出され
る言葉とともに唇を濡らした鮮血は、いったい何だというのか。何も出来ず、振るえ、体を麻痺させて、死に
恐怖し。ただライダーに抱えられているだけの俺は、いったい何だというのか。

そんな、俺の苦悩などお構い無しに。

「■■■■■■■■————————!」

その巨体からは全く想像することの出来ない、ライダーに負けじ劣らないという速度。
矢の着弾が巻き起こした砂煙を突き破り、表れでた、バーサーカーと呼ばれた方の鉛色の巨人。
追撃。猛牛の突進。迫り来る旋風。
全てを破壊し尽くす、暴風。
同形のアーチャーの持つソレとは似ても似つかない獰猛さで、ソイツはそれしか知らぬかのように、大剣を叩
きつける。

「—————ぐ、っ…………!」

どのような身体能力。構造をしているのか。
ただ叩き付けるだけの、何の工夫も無い駄剣。圧倒的な暴力に、速度。技の介入する余地などなく。
当たれば即死の一撃。巨獣の牙。
それをライダーは制動すらかけず、速度を落すことなく鋭角に方向転換して、踏み抜く足に一際大きく力を篭
めて、ソレさえも回避した。
されど、その勢いで抜け落ちる破片に、付着した鮮血。舞い上がる鮮血。

「—————っ…………!」

そして、さらに深く歪められる口元。

「————————」

そんなライダーを見て、嫌な予感。悪寒。死の気配が背筋を駆け上がる。
耳鳴りがする耳。されどその耳がはっきりと捉えるのは、つい先ほどと同じ、大気を切り裂く音。

「————ヤバイ」

急激に冷えて行く体で、ただ、そう呟いた。
嫌な予感ほどよく当たる、という言葉。
しかし、そんなことを気にする必要や、時間など無い。だって目前には、既にアーチャーの放った矢が、

「————落ちろ」

流星を叩き落さんと、襲い掛かってきているのだから————!

243 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/31(日) 22:08

「あ————————」

駄目だ。
これは、マズイ。
こればっかりは避けきれない。
体はまだ殆どが麻痺しているというのに、頭だけがやけに冷静に働いている。
寸分の狂いすらなく放たれ、向ってきている——すぐ眼前にその鏃を除かせている死の具現。神話に聞くサジ
タリウスの神の矢を思わせるソレは、いかにライダーが俊敏といえども避けえるものではない。

「あ、あ————」

鏃はもう眼前を通り越して、視界一杯に広がらんとしている。
死ぬ。
このままでは殺される。二人とも死ぬ。
だからライダーは俺を離して、置いて逃げるべきだ。いや、逃げておけばよかったのだ。
もとよりこんな戦いとも言えない——的当てや、肉食獣の狩り似たコレに、中てられる側。狩られる側の俺た
ち、いや、俺には成す術などなかったのだ。
コンマ数秒後には肉片になっているだろう、そんな死の恐怖をも塗り替えて今更ながら怒りが湧いてくる。
そんな事、他でもない彼女自身がよく判っていただろうことに。
そして、何も出来ず足手まといになっている自分に————!

「く、そっ————」

鏃はもう伸ばせば手の届く場所にある。
そして、悪あがきにすらならない、いや、間に合いすらしないと判っていながら、ただ我武者羅に魔術を行使
しようとした、その、瞬間。

「えっ……!?」

体が浮く。
ライダーに抱えられて地面を疾走していたソレとは違う。完全に俺の体が何の支えもなしに中空に浮く。

————それが。

「————シロウ」

口元に鮮血を湛えた、微笑。
この場に似つかない吃驚するほど可憐な、笑み。
アナタは何も心配しなくとも、悔いることもない。そう言っているような、ふざけた表情。
そして、その矢、まさしく死。

————せめて俺だけでも救おうというライダーがとった行為であると思い至った時には、もう遅い。

「————————」

防ぎよう、避けようのない痛恨の一撃。
形容できない、何か肉がつぶれ弾けるようなおぞましい衝撃音に乗って空を舞うライダーの体。
虚空を描く。月光にきらきらと輝く紫の長髪、黒い肢体に、赤い液体。
そして、数秒後。

だん、と。
遠くに、落下音。

……石畳の上に咲く、鮮血の花。
右腕——右半身に続いて、それでも咄嗟に身を捻ったのか、どうしたのか判らない。されど、本当にまだ生き
ていることが奇蹟といえるそんな傷。重症。瀕死。

「なんで————————」

その中で、もはや立ち上がるどころか、呼吸すら出来ない体で。

「っ、あ…………」

彼女は、意識などないまま立ち上がって。

「シロ、ゥ————」

……まるで。
このままでは遺された俺が死ぬ、殺されるのだと言うかのように。
此方に向って、歩みだそうとしている————

————その、背後に。

「ライダー—————————ッ!!!」
「■■■■■■■■————————!!!」

————大剣を振り上げた、無慈悲な狂戦士が、居た。

244 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/10/31(日) 22:19

俺は————————

1 ライダーを助ける
2 ライダーを助ける
3 ライダーを助ける
4 令呪を使う
5 ……何も、できない

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最終更新:2006年09月03日 19:35