486 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg 投稿日: 2006/09/12(火) 21:49:28

「そうだ、昼飯……」

 良く考えてみると、朝以来何も口にしていないのを思い出した。
 学校で蒔寺や三枝がすでに昼食を取っていたことを考えると、昼飯には随分遅くなってしまった。

「氷室は、昼飯はもう食べたのか?」

「いいや。正午頃からずっとここにいたのでな、特に何も食べていない」

「そっか、じゃあ何か食べに行こうか。あんまり高いところには行けないけど」

 砂礫を払って立ち上がる。
 遅れて氷室も立ち上がると、自らの制服を指して言った。

「わかっている。いくら下校時刻だからと言っても、この服装ではドレスコードに引っかかるだろう」

「そうだな……手軽なところでマッグとかか?」

 そんなわけで、俺たち二人は遅めの昼食を取るために、港を後にした。



「そういえば、以前ランサーという御仁にナンパされた時もファーストフードだったな」

 マッグで早速カウンターに並び、ほどなくして注文を受け取った。
 そうして先に席に座って待っていた氷室の向かい側に着くと、いきなりそう言って切り出してきた。

「ああ。あの時は氷室にアドバイスしておいて良かったな……」

 あの時、と言うのは、氷室と三枝と蒔寺が海浜公園でランサーに絡まれていた時のことだった。
 ランサーと蒔寺が意気投合して、連れ立ってお茶をしに行き掛けた所で、俺が氷室にあるブツに関するアドバイスをしたのだが。

「まさかあの時は、自分がナンパする側になるとは思わなかっただろう?」

「いや、だから。俺はナンパは、」

「私だけだ、と? いやしかし、良く考えればそれも良くできた口説き文句に聞こえるが」

「勘弁してくれ……」

 心なしか、ニヤニヤしているように見える氷室。
 これ以上つつきまわされては俺の身が持たない。
 話題を変えよう、話題を。

「氷室、楽しいか? まだデートは始まったばっかりだけど」

「……難しいな。これくらいのことならば、蒔の字や由紀香とも連れ立ってやっていることだ」

 この程度ではわからない、か。
 まあ、そうだろうとは思っていたから落胆は無い。
 むしろ今後のデートプランを練るのにも熱が入るというものだ。
 と、卓に肘を付いてストローを加えていると、氷室がこっちをじっと見ていることに気が付いた。

「ふむ、……ではもう少し、『らしく』振舞ってみようか」

「え?」

 聞き返す暇もあればこそ。
 氷室は不意に、何気ない仕草でストローをコップに差し入れた。
 自分のウーロン茶ではなく……俺のジュースに。

「……ん……ふ」

 そして、そのままストローに口をつけて……オレンジジュースを一口、吸った。

「……な、な、ななななな!?」

 椅子ごとひっくり返すような勢いで仰け反る俺。
 だ、だって今、俺が吸っていたのと同じジュースを氷室が吸いに来て……!?
 ヤバイ、氷室がストローを吸うときの息の音だけでドキドキ言ってるぞ。

「……そこまで動転されるとはな。衛宮は、こういうことは嫌なのか?」

「嫌だなんて、そんなことはない、けども」

「では問題ないな。衛宮も一緒に飲もうじゃないか。それとも、衛宮も私の茶のほうを飲むか?」

「あ、う……」

 うんともすんとも言えず。
 仰け反っていた体を戻し、ストローをカップに差し入れる。
 氷室と俺の距離は、ストロー2本分にまで縮まっていた。

「………………」

「………………」

 ……結局。
 倍の速さで減るはずのジュースは、しかしなかなか減ることは無かった。

487 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg 投稿日: 2006/09/12(火) 21:50:47

 精神的緊張の連続だったファーストフード店を出ると、そのまま午後の新都へと繰り出すことになった。
 映画は時間帯も内容も合わなかったし、ゲームセンターはお互い好んで入るような性格ではない。
 わくわくざぶーんは、水着さえあれば入っても良かったのだが……仕方あるまい。

 そんなわけで、新都を散策することになった俺と氷室。
 とはいえ、新都はどちらかといえば氷室のホームグラウンド。
 結果として、俺よりも新都に詳しい氷室にアドバイスを受けながら、ウィンドウショッピングを楽しむこととなった。

「おや、これは……」

 立ち並ぶ店のショーウィンドウを覗いていた氷室が、何かに気付いたように立ち止まった。

「どうした、なにがあった?」

 釣られて俺も覗き込んで見ると、そこは貸衣装店のようだった。
 ショーウィンドウの中には、頭身の高いマネキンが純白のドレスを纏って立っていた。

「ああ、ウェディングドレスか」

 氷室は、硝子に手を添えてそのドレスをぼうっと眺めている。
 やっぱり女の子は、こういうものに憧れとかあるのだろうか?

「私とて恋には興味はあった。それと同じように、こういうものにも人並み程度には憧れているつもりだ」

 ウィンドウの中身から目を逸らさないまま、氷室が俺の疑問に答えてくれた。
 なるほど、男の俺にとってはタキシードなど単なる衣装にしか過ぎないが、女の子にはとってウェディングドレスは特別な意味を持つものなんだろう。

 氷室の背中とガラス越しに映るその顔を見守っていると、不意に——


α:「あら、坊やじゃない」フリル付きの服を抱えたキャスターがそこにいた。
β:「なんだ、坊主か」バイトの制服を着たランサーが店から出てきた。
γ:「……フィッシュ」なんだか凄く嫌な予感がし「ゲット。奇遇ですね衛宮士郎」
δ:「ほう。奇遇だな、衛宮士郎」……聞きたくも無い神父の声がした。

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最終更新:2006年09月13日 03:06