412 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/09/10(日) 23:57:21
四 バーサーカーの制御を完璧にする事だ。
あれだけのじゃじゃ馬を扱うのだから、供えはいくらあっても多すぎはしない。それなら、キャスターがすべき事は明白だった。肝心な儀式の際、暴走などされてはたまったものではないのだから。
そこで、キャスターはふと考えた。今から朝までの間だけでも、少しでもこいつの理性を取り戻す事ができるならば、制御もやりやすくなるのではないかと……。
———それを絶望と呼ばないのなら、この世の何をそう呼ぶのか。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの生涯において、これほど恐怖した経験は他にない。彼方より歩いてくる一人の男。その存在は、イリヤが全く知らないものだった。
「ほう。これは良いものを拾ったな」
その男は、イリヤを人としてみていない。彼女の心臓を射抜くように、当然のように道具として扱っている。それは、ずっと当たり前の境遇だった。それなのに……。
士郎の言葉が頭を流れる。さっきまで身をおいていたあの温もり。イリヤには分かっていた。あれこそが嘘で、こんな冷たい世界こそ自分の定めだと。
それでも。
隣に座ってくれた人がいた。話を聞いてくれた人がいた。彼はイリヤに話題を振ってくれて、頭を撫でてくれて。大勢で楽しく食事を取ったときなんて、その実、嬉しすぎてずっと涙を堪えていたのは絶対に秘密だった。
「下がりなさい」
「———ん?」
ようやく、イリヤに意志があると気付いたかのように、金髪の男は歩みを止めた。
「人形よ、喜べ。我におまえの心臓を差し出す事を許す」
どこまでも尊大。限り無く傲慢。見るもの全てが傅く事を、彼は当然と受け入れているのだろう。
「お断りよ。その汚い声で話し掛けないで」
「……ほう」
唇の端を釣り上げて、男はゆっくりと右手をのばす。圧倒的な暴力の気配を肌に感じた。あの腕がイリヤの胸を抉るのは、彼女の力では止められない。
死にたくなんてなかったのだ。もっと生きたかったし、もっと笑いたかった。また明日、士郎に会いたくて仕方なくて。あの家を訪れるためなら何をしてもいいと心から思った。そして何より悔しかったのは、さっきの約束が叶えられない事だった。
それならば、せめて一つの恩返しを———。
「悪いけど、シロウに迷惑だけはかけられないの」
震える奥歯を噛み締めて、イリヤは堂々と宣言した。目の前の男は面白そうに笑い、虫けらの抵抗を楽しむように嘲笑する。その油断こそ、イリヤにとって唯一のチャンスである。
「アサシン! わたしの心臓を砕きなさい!」
「なにっ———!?」
全身を巡る令呪が爆ぜる。彼方より飛来する破壊の弾丸。音速を遥かに超える一矢に男は何一つ対応できず、彼の思惑は塵と消えた。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの肉体は、砕かれて粉々に飛び散っていた。
それは、空が暗くなってしばしの事。
はじめに気付いたのはカレンだった。
はじめに視認したのはアーチャーだった。
はじめに構えたのはセイバーだった。
———はたして、はじめに震撼したのは誰だっただろうか。
王の中の王は愚かにも正面から陣地を訪ね、怒りにまかせて衛宮邸の門を吹き飛ばした。理由は至極簡単である。がらくたの人形がつまらない抵抗を見せたので、せっかくの聖杯を召し上げてやろうという慈悲が踏みにじられてしまったのだ。なんという愚挙。王に手間をかけさせるなど何ごとか。
「久しいな、セイバー」
母屋から飛び出してきたサーヴァントとマスター達の中に目的の女性を見つけたギルガメッシュは、その目をぎらりと輝かせた。相変わらず、その姿は気高く美しい。彼女の気質も前回のままなのだろう。王の財宝に加えるに足る女だった。
「———しかし、我はいま不機嫌だ。疾く傅き股を開くがいい」
喜び、受け入れ当然の命だった。英雄王の立腹を慰める役目である。女に生まれたならば、誰でも一度は夢見て当然ではないか。
「断る。まだそんなたわごとを吐くのか。アーチャー」
「……そうか」
ここまで虚仮にされたなら、いっそ憤怒も涼やかだった。ギルガメッシュは空を見上げ、そのいつもと変わらぬ風景にすらいらだちを覚えた。まったく、何もかもが彼の不興を買いたがるとは。いっそこの空を切り裂いてしまおうか。
「ならばよい。季節は冬。死姦には丁度良い季節であった事を感謝しろ」
鎧を纏い、蔵の扉を開け放つ。その手には友たる鎖と絶対の乖離剣。背後に浮かぶ宝物は幾千か、幾万か。鎖は鳴りギヤは上がり財宝は光り、その全てがギルガメッシュの号令を、歓喜の歌を唄うのを今や遅しと待ち構える。
413 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/09/10(日) 23:59:26
「……いいでしょう。その驕り、我が聖剣で打ち砕いてみせましょう」
セイバーは紛れもなく最強のサーヴァントだ。だから分かる。目の前にいる英霊は彼女より確実に上をいく。この男は決してまともではなく、どんなサーヴァントより強いのだと。それでも———。
「待ちたまえ、セイバー」
「アーチャー?」
「セイバーのマスターよ、我がマスターに感謝するのだな。凛が気まぐれを起こさなければ、君達は確実に死んでいただろう」
この場の雰囲気にあわず気軽にいい、アーチャーはギルガメッシュへと一歩近づく。強気なのは恐怖に狂った故にではない。その目は不適なほどの自信にあふれ、確かな勝機を見出していた。
「それでは、凛。そろそろ命令をくれないか」
「サーヴァント同士の戦闘が始まりました。衛宮邸です、おそらくは」
霊体化していたライダーに囁かれて、桜は思わず悲鳴を上げそうになった。隣にいた士郎もいぶかしむも、桜から耳打ちされては驚かずにはいられない。
「ライダー、その規模は?」
「かなり大きな模様です。どうしますか?」
……先輩、と桜に助けを求められるような視線を向けられて、士郎はどうしようかと考えた。
正義の味方を目指すなら、とにかく助けにいかなければ行けない。しかし、この通夜は桜にとって重大な儀式なのだ。いかに彼女が間桐の家から乱暴を受けてきたとはいえ、その一員であった事は紛れもない事実なのだから。だから、彼女だけはここで大河に預けておいてもいいとも思う。……だけど。
縋り付き震える桜の頭を撫でながら、士郎は一つの決断を下した。
壱 桜もライダーも連れていく。
弐 桜はこのままに、ライダーと一緒に駆け付けよう。
参 桜とライダーは連れていけない。自分一人で駆け付ける。
四 俺と桜はこのままで。ライダーだけを急行させる。
伍 このままでいい。今は通夜に集中しよう。
最終更新:2006年09月14日 16:25