522 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/09/13(水) 19:35:51
参 桜とライダーは連れていけない。自分一人で駆け付ける。
息が切れる。肺が痛い。脇腹は千切れて燃え上がりそうで。脳漿は沸騰して今にも吐き出しそうで。それでも、と士郎は悔しがらずにはいられない。何故、自分の脚はこんなに遅いのか。士郎は悲しいほどに無力だった。
これならライダーと一緒に来た方がよかったかもしれない、という思いが頭に浮かんで、士郎は即座に取り消した。聖杯戦争で狙われるのはマスターだ。魔術師でもない士郎と違い、桜はサーヴァントの護衛なしでは危険すぎる。いつ何時、まだ見ぬ敵が襲ってくるとも限らないのだから。
感覚が亡くなってきた脚でアスファルトを蹴り飛ばして駆けていく。やたらと重い空気をかき分け押し分けて走っていく。手にした偽臣の書を握りしめ、士郎は更なる鞭を体に打った。
一刻でも早く、一秒でも早く、衛宮邸で何が起こっているのか確認したかった。あそこには今、凛とルヴィアゼリッタがいるはずである。二人とも非常に優秀な魔術師らしいとは桜から聞いていた。しかし、士郎は全力で駆けていく。大抵の事態には大丈夫だと教えられていても、正義の味方を目指す者としては捨てておけない。いや、そんなものは些事でしかない。
とにかく、ひどく嫌な予感がするのだった。
地上で誕生した星々があった。夜空で砕けた幻想があった。火花は既に火花ではなく、打ち合いは既に打ち合いではない。ギルガメッシュとエミヤの射出する無数の剣は、怒濤の勢いで何もかも飲み込もうと激しい爆発を繰り返していた。いつからだろう、宇宙が巨大な万華鏡と化したのは。
遠坂凛は圧倒された。これがサーヴァント達の戦いなのか。聖杯戦争における初めての戦い。初めて己が目にする念願の光景は、彼女の想像の遥か上を行っていた。荒れていた衛宮邸の庭はさらに荒れ果て、余波だけで家屋にひびが入る。離れて立っていても、目を開けているだけで精一杯だった。
「マスター、意志を確かに。あれはまだ小手調べをしてるにすぎないわ」
「……は、はは……。なによそれ……」
カレンの言葉に凛は震えた。全く、英霊とは反則すぎる存在だ。これは人間なんかが介入できる次元ではない。そんな強大な使い魔を呼び出した事を誇りに思うやら悔しく思うやら、凛の胸の内は複雑すぎた。なにしろ彼女が長年魔力を貯め込んだ宝石ですら、あの暴力に対抗できないかもしれないのだ。いや、最悪、切り札の赤いペンダントさえも決定打にできないかもしれない……。
「大丈夫です。彼等は勝ちますわ」
隣で強がるルヴィアゼリッタにそうねと頷き、凛はエミヤの動きをじっと見守る。いざというとき、然るべきとき、令呪を使ってサポートするのがマスターの勤めであるからだった。
激突はさらに激しさを増し、戦いのギアはあがっていく。それは実力の差か手段の差か。ギルガメッシュの宝物は、常にエミヤの剣の一歩上をいっている。力押しで負けるエミヤの剣。だが彼も負けてはいない。愚直なまでに鍛え上げた技術によって、見事拮抗してみせていた。
凛のもう一人のサーヴァント、カレンは戦いに参加していない。マスターの隣で観戦に徹する彼女を、しかし凛は情けないなどとは思えなかった。もう一人の化け物が異常なのだ。———いま、小さな影が戦場に踊った。
黄金の剣士は閃光の中を、果敢に駆け抜け切り掛かる。ルヴィアゼリッタの静止も聞かず飛び出した彼女は、両側から降り注ぐ豪雨をものともせず、確実にギルガメッシュを追い詰めていくのである。それは同性の凛が惚れてしまいそうなほど、気高く美しい舞踏だった。
凛は知らない。セイバーが前日の戦いでダメージを受けている事を。いや、知っていても信じられたかどうか。本人から全て聞かされていたルヴィアゼリッタさえ、その言葉を悲観すぎではないかと疑いたくなる活躍だったのだから。体はいまだ六、七割ほどしか回復してなく、宝具の使用も極めて難しいと打ち明けられてはいたのだが。
刻一刻、ギルガメッシュの立場は悪くなっている。そのはずだった。射出はエミヤに封じられ、間近に襲い掛かるセイバーの剣技は、彼のそれを上回る。……はずだった。
瀑布のように財宝をそそぎ、必殺の名剣でセイバーを押さえる。王の中の王の余裕なのか。このありえざる戦いの中、彼は微かに微笑みさえ浮かべている。その表情を垣間見、凛はギルガメッシュの実力を知った。
523 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/09/13(水) 19:37:18
傲慢であり慢心に満ち横暴であった。圧倒的で圧倒的で圧倒的にすぎた。なんという理不尽な事実だろう。この程度の戯れ、彼には豪勢で醜悪な享楽の宴にすぎないというのか。
「———待たせたなエア」
ニヤリ、とギルガメッシュの顔が歪む。エミヤとセイバーは、怒りにくべる薪としてはいささか端正にすぎたらしい。ならば、生命の記憶の原初でも思い出せてやろうというのか。幾万の至宝に守られたその奥で、異形の剣を振りかぶる。
「黄泉路を開く。貴様らしかと耐え抜いてみせろ。無知故とはいえ我に歯向かったのだ。もっとあがき楽しませてみせよ……!」
振り下ろされるのは死の国の原典。この世に地獄を作り上げようと、うなりを上げて大地に迫る。それは、サーヴァントは未だしも、マスターに耐えろというのは過酷すぎた。
「きゃっ!」
「くっ……!」
その兇行は止められない。セイバーにもエミヤにも手段はなく、令呪を使うには遅すぎて。
助けなどいない。ライダーは桜とともに出かけていて、カレンでは間に合わず間に合えない。
凛とルヴィアゼリッタが息をのんだその時、遥かな彼方で引き金が引かれた———。
駆け付けた士郎は目を疑った。門は消し飛び、塀は崩れ、庭は荒れ果て、母屋は崩れ落ちている。切嗣と、大河と、桜とすごしたこの家が、無惨にも崩壊していたのだから。
いや、それ以上に。息を整え笑う膝を押さえながら士郎は見回す。凛とルヴィアゼリッタ、そしてサーヴァント達の無事を確かめたかったのだ。
「……いた。よかった」
凍り付いたように動かなかったが、庭のすみには凛達が、反対側にはセイバー達と敵らしい金色の見知らぬ男が立っていた。それをみて、士郎はどうやら勝ったらしいと安堵した。
「遠坂。大丈夫だったか」
「…………えみや、くん?」
士郎が小走りで駆け寄って声をかける。時が止まったような三人ははっとして、慌ててギルガメッシュの状況を注視した。
「……ふふふっっ」
絶対零度の稲妻がはしった。その場にいた誰もが動き出した。とどめを刺そうと走り出すセイバー。偽螺旋剣を弓につがえるエミヤ。そして狙撃を受けた英雄王は———。
「愚か者がっ!」
「——————ぐっ!?」
激情に呼応し数多の鎖が荒れ狂う。セイバーを地面に叩き付け、アーチャーの放った剣を弾いた。ギルガメッシュに傷はない。初見ならいざ知らず、対した奇跡の篭ってない弾丸など、英雄王に通じはしない。しかし、とっさに黄金の盾で防いだものの、エアによる一撃を無に帰した事は事実である。
「ウジ虫風情がよくも我を……。どうしてくれようか、よくも……」
瞳を燃やし、怒りに震えるギルガメッシュ。それを好機と受け取ったのだろう。地面すれすれを飛行するように間合いをつめるエミヤの両手には、夫婦剣が月明かりにまばゆく輝いていた。
「五月蝿い!」
「なにっ———!?」
が、ギルガメッシュは間合いをつめる事すら許さなかった。怒りにまかせ、ありったけの剣をデタラメにばらまく。ありとあらゆる奇跡の原型。歴史上、全ての宝具の源達が、無数の矢となって爆発した。その量はすでに数えられる範疇にはなく、サーヴァントといえど、自信を守るので精一杯だったゆえに。
「伏せろっ!」
凛はどうにか反応できた。しかりルヴィアゼリッタは一瞬遅れた。その一瞬。それがどれほど致命的か。一人の少女の命が今まさに、士郎の目の前で散ろうとしていた。
———もしもライダーがこの場にいたら、彼はそうする必要はなかっただろうが。
524 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/09/13(水) 19:38:15
いつぞやと同じありえない動き。衛宮士郎は自分の肉体を盾としながら、ルヴィアゼリッタを無理矢理押し倒した。当然、彼自身の命など計算にはいっているはずがなく。
「……衛宮、くん?」
嵐が過ぎ去った後である。静かになった夜空の下、青く高貴なドレスの上、士郎は腹に大穴を開け……。
「い———、いやっっぁぁぁ———!!!」
臓物がこぼれて、既に動かなくなっていた。
「セイバー!」
ルヴィアゼリッタの令呪が消える。それ以上の言葉は必要なかった。未熟な、しかし立派な騎士道精神の持ち主とみた少年の名を胸に刻み込み、セイバーの存在全てを聖剣に流し込み輝かせる。鎧を脱ぎ捨て魔力にかえ。
「———エクスカリバー!」
星に鍛えられた光を放った。
「エヌマ・エリシュ!」
しかし、英雄王にはエアがある。全力に対して全力で迎え撃ち、憤怒にまかせて叩き付ける。
その昔、天地を切り裂いた剣があるという。遥か古代、星があらゆる生命の存在を許さなかった原初の姿。人類の希望など塵に等しい。
一瞬の均衡の後、スローモーションのように押し負けるセイバー。鎧を纏わぬその身では、衝撃の余波だけでも致命的だった。地面に倒れ土にまみれ、もはやセイバーは虫の息となっている。
「愚かだな。お前といいあの小僧といい」
嘲笑とともにとどめを刺そうと、ギルガメッシュは剣をかかげる。
こうしてアーサー王は敗北が確定し、ギルガメッシュは勝利を確信した。それは正しい確信だった。これより戦いは終演へと向かい、世界は正しく彼の手に収まるであろう。
聖杯戦争の、終了である。
525 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/09/13(水) 19:39:04
「———Yet,those hands will never hold anything」
もしもこの場に、エミヤシロウがいなかったら。
「———So as I pray,unlimited blade works」
十分すぎる時間だった。彼が詠唱を終え、世界を塗り潰す金寿を広げるには。炎の境界が全てを飲み込み、赤い荒野が果てしなく続く。どこまでも広がる錆ゆく剣。頭上には巨大な歯車が回る。固有結界。無限の剣製。ただでさえ英雄王の天敵であるこの世界は、今宵、持ち主の憎悪を受けて燃え上がっている。
別段、エミヤは士郎に感心したわけではない。むしろ愚かな事と鼻で笑う気持ちだった。しかし、何故だろうか。ギルガメッシュにそうされるのだけは我慢ならない。理由は知らない。知る必要もない事だった。
「貴様これは———」
「……ノリ・メ・タンゲレ」
「—————————っ!?」
英雄王はそれ以上、口を動かす事さえ許されない。激しい戦闘の消えた今、背後に回った黒色の天使はそっと囁き、真紅の聖骸布が動きを封じた。ギルガメッシュは男性である。それゆえ、どうあがこうと逃れる術はない。
空に、陸に、剣という剣が鎌首をもたげ狙いを定める。いかに王の中の王といえど、世界の全てを敵にして逃れる術はなく。
断末魔さえ砕かれて、ギルガメッシュは消滅した。
ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは泣いていた。衛宮士郎の体を抱き締めて。その腹は無惨にも大穴が開き血が吹き出て、このままでは死を待つばかりだろう。
ルヴィアゼリッタの宝石は、二日間の戦闘で消費しきっていた。セイバーに供給する為の、莫大な魔力の源として。ゆえに、助ける術など皆無といえた。
たった一つ、遠坂凛の持つペンダントを除いては。
迷う事ではない。魔術師ですらなく戦力にならない男を掬うなど、狂気ともいえる愚行である。ルヴィアゼリッタも分かっているはずだ。今行われている聖杯戦争。それが何かを知ってまで飛び込んできた男に、つけてやる薬などありはしない。
それでも———。
泣きじゃくるルヴィアゼリッタに起こされたのか。士郎が気怠げに瞳を開けた。マスターとサーヴァント達に見守られた中、彼女の頬をそっと撫でる。士郎は心配しなくてもいいと慰めて、凛に最後の伝言をよこした。
「さくらのこと、よろしくな……」
そうして、士郎の瞳は閉じられた。
凛のペンダントを使用しますか?
壱 使用する
弐 使用しない
最終更新:2006年09月14日 16:27