768 名前: 766 ◆6XM97QofVQ 投稿日: 2006/08/14(月) 16:10:11
親父は、俺に一度だけ物をくれた事がある。
各地を転々と巡った時の土産物は山ほど貰ったが、実際に切嗣が遺してくれた物は、
正義の味方という理想を除けばその時に貰った物だけだ。
それは理想を引き継ぐ大分前。
ちょうど、切嗣が外出をしなくなった頃のことだった。
「士郎は、何か欲しいものがあるかい?」
ある日、切嗣は俺に向かってそう訊いてきた。
自分の死期を悟った切嗣の、俺に対する親心から出た言葉だったのだろう。
——死ぬ前に、何か俺に遺しておきたい。
親父はそう思っていたんだと思う。
普通の子供ならオモチャやゲームを欲しがるだろうし、切嗣もそれを期待していたのだろう。
だけど、その時の俺はそんなことにも気付かず、ただ切嗣への憧憬から、こんなことを言ってしまったのだ。
「爺さんの物——俺を引き取る前から持ってる物が欲しい」
それは切嗣の物を貰うことで、少しでも切嗣に近づけるのではないかという、子供らしい考えから出た言葉だった。
しかし、それは親父にとっては違った意味があったらしい。
俺を引き取る以前ということは、まだ親父が魔術師だった頃ということ。
あまり親父は魔術師であった頃の話をしたがらなかったし、
俺に魔術を教えるのも躊躇ったほど、あの頃には魔術を忌避していた。
だから戸惑ったのだろう。俺に、魔術師であった頃の所持品を渡したくなかったから。
でも、結局は親父が折れる形となり、俺は切嗣の所持品を貰える事になった。
あの時のことは、鮮明に覚えている。
それはまるで、それまで切嗣が背負ってきたモノを、俺に引き継がせる為の儀式のようであったから。
親父はどこからか持ってきた包みの封を解き、その中身を取り出して———
——————あれ?
ド忘れした。
俺は、親父に何を貰ったんだっけ?
最終更新:2006年09月14日 16:52