325 名前: 766 ◆6XM97QofVQ 投稿日: 2006/08/22(火) 22:33:02
────────────interlude — the Sixth Master —
時刻は八時。
夜の学校には生徒どころか教師の姿もなく、静まり返った学校の屋上には七画の呪刻がその存在を主張していた。
毒々しい食虫花を思わせる赤紫の文字が刻印を彩り、その周囲を非現実的なものに乖離させている。
———結界の起点。
一度発動すれば人を溶解し、それをサーヴァントの餌とする外道のモノ。
「……アーチャー。アンタ、これ消せる?」
「やだなあマスター。ボクの役割(クラス)を知ってて聞いてるんですか?」
「まあ、その通りなんだけど……正直、お手上げだわ。こんなのわたし程度じゃ消せるわけない」
出来るとしても、せいぜい発動の妨害をして先送りにする程度。除去できない限りは、いつかは発動してしまうシロモノだ。
「それなら学校ごと吹き飛ばしちゃいます? ただの学び舎ぐらい建て直せばいい話ですし」
……なんか、目の前のガキんちょが物騒なことを言ってる。
とりあえず溜め息を吐いて、目の前のちびっ子暴君をたしなめてみる。
なんでです? とか本気で聞かれても困るんだけど……
———わたしこと遠坂凛の聖杯戦争は、失敗から始まった。
何もかもが失敗ばかりで、思惑通りに言ったのは『サーヴァントを召喚する』という目的だけ。
それも呼び出せたのは狙っていた最優のセイバーではなく、アーチャーというヘボッちい役割で、魔法陣に使用した宝石は丸ごと大損。召喚の余波で家の居間は大破と、(家計の)被害は甚大だ。
わたしが頭を抱えて呻きたくなったのも、まあ仕方のないことだと思う。
なにより頭が痛くなる一番の原因は、———
「あれ? どうかしましたかお姉さん」
「別に、なんでもないわよ。こんなんじゃ先が思いやられるなー、って考えてただけ」
目の前にいるこの子供。振り返りながらわたしに問いかけてきた少年こそが、マイサーヴァントにして弓の騎士アーチャーなのである。
インゴットそのものな金髪と、ルビーのような赤い目をしたゴージャス少年だが、わたしの大ポカのせいで真名は不明。
しかも扱える宝具の数が限られており、能力値も本来呼び出されるはずの『彼』よりも、幾分低めに下方修正されているそうだ。
さらに言うなら、召喚された際に纏っていた彼の武装である金の鎧は、サイズ違いにより着られないというデタラメ。
聖杯戦争を勝ち抜くには、不安要素が多すぎる。
……まあ、キャスターだとかアサシンだとかの、本当の最弱でないだけマシだと思うことにしよう。
三騎士の一角を手に入れられただけでも僥倖といえる……筈だ。
「———あの、考え事をしているところ悪いんですけど」
「うん? 何、アーチャー」
「ちょっと下がってください。ちょうどその辺りに」
アーチャーの指示に従って、二歩三歩と後ろに下がる。ワケが分からずアーチャーの方を見ると、手に奇妙な何かを持っていた。
あれは———鍵?
どこか剣のような印象を受ける鍵を構えたアーチャーは、闇を見据えてポツリと何かを呟いたようだった。
———よく、聞こえない。
だが彼のその行動によって、場の空気が変わったのは感じ取れた。すなわち、戦いの空気へと。
ぞわり、と悪寒が背筋を走る。
「———敵っ!」
わたしの叫びと同時、鋼のぶつかり合う音が鳴る。
それが一度だけではなく二度三度と響き渡り、都合七回の金属音をわたしの耳は捉えていた。
金属が衝突し合った際の僅かな火花に照らされ、夜の闇に垣間見えた黒塗りの短剣。
それが、こちらに向けて投擲された武器らしい。そしてそれを、アーチャーがどこからか取り出した剣で叩き落したのである。
装飾が少ないながらも華麗にして繊細な作り、これぞまさに英雄の武器と言える剣の絢爛さに、一瞬惚れ惚れとしてしまう。
———いくらで売れるだろうか?
「……物欲しそうな顔をしないでくださいマスター」
おおっと。
326 名前: 766 ◆6XM97QofVQ 投稿日: 2006/08/22(火) 22:34:06
「———アーチャー、敵の位置は分かる?」
「気配はありませんが、砂の臭いのおかげでおおよその位置なら」
アーチャーの言動から察するに、相手は気配遮断のスキルを持っているようだ。となると、相手はアサシンのサーヴァントの可能性が高い。
……これまた厄介な相手に見つかってしまったらしい。
アサシンとは、サーヴァントではなくマスターを狙う者。つまり狙われているのはこのわたし。
そして屋上という限られた空間にいる限り、あちらからはこちらを狙い放題というわけだ。
「なら、校庭まで走るわよ。ちゃんと守ってよねアーチャー!」
強化した足で駆ける。
アーチャーが背後から投擲された投剣を払い落とし、わたしの後ろをついてくるのを確認して、フェンスの外に向かって思い切り跳躍する。
そして無防備にも空中に投げ出されたわたしに、さっきとは別の方向から銀光が飛来する。狙いはすべてが急所。避けられない。
思わず、顔が引きつった。
(どんな速さで回り込んだのよアサシンは———!?)
内心で叫び、そのままわたしは哀れ空中黒ヒゲ危機一髪かと思いきや、襲い掛かる凶器を円弧の軌道が迎え撃つ。それは、アーチャーが振り回した長槍の先端だった。
役目を果たした槍は消え、今度は先ほどとは別の剣が彼の手元に現れる。
アーチャーが着地と同時にその剣を横一文字に薙ぎ払うと、剣閃の軌道上にごう、と業火が燃え盛った。
剣に籠められた概念は炎。燃え盛り揺らめく炎のような波型刃は、その概念により魔炎を生み出す。
魔力の炎は光を生み出し闇を払い、
———そこに異質な存在を照らし上げた。
「なっ———!」
思わず驚愕の声が漏れる。
———そこにいたのはまさしく亡霊。否、亡霊と見間違う姿をしたアサシンのサーヴァント。
闇に溶ける黒衣。闇に映える白面。
ヒトとは思えない異形のモノが、仮面の奥からこちらを見据えて陽炎のように立っている。
「キ、キキ————」
耳障りな声を上げ、アサシンは炎を嫌うかのように闇の奥へと跳び退ろうとする。だが、それをアーチャーが許す筈もない。
パチン、と高らかに指が鳴らされる。それは突撃の合図にして、進撃の大号令。
命を受けた兵はどこからともなく射出され、アサシンの退路を閉ざす。そしてアーチャーは立ち止まったアサシンに向け、もう一度紅蓮の魔刃を振るった。
あえなく避けられてしまったものの、その戦いは苛烈を極めさらに戦闘は激化する。
それを呆然と眺めながら、わたしはサーヴァントの規格外の性能を改めて思い知らされていた。
———これが、アーチャーの実力。
召喚した際にアーチャーから聞いた能力の説明で、彼は複数の宝具並みの武具を持ち、それを放つもしくは扱うことで敵と戦うとは聞いた。
さっきの空中でのことを踏まえても、それが便利な能力だとは理解していたが、肝心の切り札が使えないのでは意味がない。わたしはそう思っていた。
だが、その考えは誤りだったらしい。
目の前で繰り広げられる光景は、明らかにアーチャーが優位に立ち、敵のアサシンを圧倒している。
わたしはそれを見て、今回の聖杯戦争の勝利を確信した。
いける。やれる。失敗から始まったのがなんだ。終わり良ければすべて良し。切り札がなく弱体化している状態でこの実力。ならば、本調子の彼はどれほどの強さだというのか———
「マスター!」
アーチャーの声にはっとする。
見れば、戦闘は終わりアサシンはどこかへと消えている。
……逃げられた?
「……アーチャー、アサシンはどこに行ったの?」
「目撃者を追って校舎の方へ行きました。ボクたちも追いますか?」
アーチャーの言葉にあちゃー、と思わず頭を抱えてしまった。
まさかまだ一般人が残っていたとは……最悪だ。間違いなくそのマヌケな生徒は殺される。
そうと知っていて、わたしはそいつを見殺しにすべきか。それが心の贅肉だとしても助けに行くべきか。
「———そんなの決まってる。アーチャー!」
ついてきなさい、とは口に出さない。
わたしがこうするだろうと分かってました、とでも言いたげに、彼はわたしの背後をついてきていたからだ。
────────────interlude out
最終更新:2006年09月14日 17:14