802 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/09/19(火) 01:18:02


「いや、勝手に入るのも悪いだろ。だからここで待ってる」

 ダイニングキッチンの椅子を引いて、腰を据える。
 ……それにしても本当に広いな、このマンション。

「そうか。……別段隠しておきたいものとて無いのだがな」

 言いながら氷室は、戸棚からティーセットを二つ取り出して並べる。
 勝手のわからない俺は、手伝うことも出来ずに見ているだけだ。
 ……なんかこう、歯がゆい。

「…………」

「…………」

「……なあ、何か手伝えることないか?」

「客人に茶の準備をさせるような真似はしない。
 ……だから先に行っていろと言っただろうに」

 なるほどもっともな話だった。
 結局、ヤカンの水が沸騰して、氷室がそれで茶を淹れるまで、俺は手持ち無沙汰で過ごすこととなった。
 せめてこれぐらいは、ということで、お盆を持っていく役目だけは譲ってもらった。

「まったく。衛宮の働き癖も大概だな。
 蒔の字にブラウニー呼ばわりされるのもむべなるかな、だぞ」

 部屋まで先導しながら呆れ顔の氷室。
 でもこれくらい普通だろ。
 ちなみに『むべなるかな』はいかにももっともなことであるなあ、という意味です。

 丸盆にカップを二つとお茶請けを少し乗せて、氷室の私室へ。
 氷室が部屋のドアを開けて中に入り、続けて俺も中に――。

「……鐘!」

「えっ!?」

 途端に部屋の中から叫び声が聞こえてきた。
 これは……子供の声?

「雛苺。起きていたのか」

「Lent! どこに行っていたの!?」

 雛苺……?
 氷室が部屋の中に一歩踏み進むと、ほぼ同時に部屋の中から何かが氷室に向かって飛びついてきた。

「おっと……急に抱きつくな、びっくりするだろう」 

 急にしがみつかれた氷室は、相手の脇に手を差し込んで、お姫様を抱きかかえるような姿勢に直す。

「酷いわ、酷いわ! 朝起きたら鐘がいなくって、雛苺はとっても怖かったのよ!」

「すまん。だが……客人を連れてきているんだ、だからあまり泣かないでくれ」

「ぐすっ……う?」

 氷室が振り向いて、これでようやく俺は、その声の主の全身を目にすることが出来た。
 金色の髪に若草色の瞳。
 洋服に合わせたピンク色の大きなリボンが、柔らかな巻き髪の頂上で揺れている。

「この子が……雛苺?」

「ああ、そうだ。これが私の薔薇乙女《ローゼンメイデン》、雛苺だ」

 幼い人形……雛苺は、氷室にぎゅっと掴まったまま、じっと俺の顔を見た。

「……だれ?」

 ……声に若干のおびえが感じられる。
 どうやら初対面の印象はあまり良くなかったようだ。
 とりあえず、握手から……は、無理か、手が丸盆で塞がってるし。

「えっと、俺は衛宮士郎。雛苺、って言うんだよな?」

 まずは、怪しい者じゃないことをアピールしなければ。
 氷室との関係は、学校の知り合い……でいいのか?

「氷室の友達……じゃないな、恋人……なのか?
 なあ、こういう場合ってどう言えばいいんだ?」

「……知らん。そういうことを、私に振るな」

 氷室に助けを求めてみたが、あっさりとそっぽを向かれてしまった。
 なんでさ。

「まあ、とにかく、氷室とは仲良くさせてもらってる。よろしくな、雛苺」

「恋人……」

 俺の言葉を聞いてなにを思ったのか。
 雛苺は頭上の氷室を振り仰ぎ、尋ねた。

「……鐘は、今日一日ずっと、雛苺じゃなくてその人間と一緒にいたの?」

803 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/09/19(火) 01:19:02


「いや、今日会ったのは偶然なのだがな。
 色々有って、半日付き合ってもらった」

 偶然、とは少し違うけどな。
 本当は、俺が氷室を探して町中を駆けずり回っていたのだが……そのことは言わないでもいいだろう。
 そういえば、今日のデートの結果如何で氷室の胸中を判断するんだったっけ。
 結果はまだ聞いていなかったが、一体どうなったのだろうか。

「……Inutile」

 と。
 いつの間にか俯いていた雛苺が、ぽつり、と何か呟いた。
 聞きなれない言葉だったが……英語か?

「ん? どうしたんだ、雛……」

「C'est absolument inutile!! 鐘を取っちゃダメなの!!」

 突如、雛苺が氷室の腕の中から飛び出すと、そのまま氷室の手を掴んで引っ張った。

「なっ?!」

 いきなりの雛苺の奇行に戸惑う氷室。
 その引っ張られる先には、化粧台の鏡が。
 ……待て、鏡だって?
 以前水銀燈が、鏡を探していたことを思い出す。
 鏡とドールには、何か関係があるってことか……?

 と、そこで俺は、雛苺の異変に気がついた。
 雛苺の身体から煙のように立ち上っているあれは……まさか、魔力!?

「……拙いっ!」

 九割の直感と、一割の確信。
 とっさに俺の身体が、氷室の片手……雛苺に取られていないほうを引っ掴む。
 それと、ほぼ同時に。

「鐘は雛苺のお友達なんだから! あなたなんかには渡さないの!!」

 悲鳴のような、叫びが響く。
 雛苺の魔力に呼応するように、鏡面がまばゆく輝いて、室内を真っ白に染める!!

「うわっ!?」

「なんだ!?」

 身構える隙もなく、俺たちはその光の奔流に飲み込まれた!
 そのまぶしさに思わず目を閉じるが、それでもなお、目蓋越しに光が感じられるほどの光量……!
 さらに、目を閉じていても肌で感じられる、魔力の歪みを超える感触。
 これは……。

「固有、結界……!?」

 いや、違う。
 世界を自分の心に染め替える、あの魔術とは感じが違う。
 これはもっと別の、何かを飛び越えるような……。

 そこで、俺を包んでいた光が消え去った。

 目蓋を刺す光が止み、魔力のうねりも鳴りを潜めた。

「……く。一体何が……?」

 固く閉ざしていた瞳を、恐る恐る開いてみると、そこは。

「な、なんだ、こりゃ!?」

 まず目に飛び込んできたのは、巨大なプレゼントボックスだった。
 家屋のようにそびえ立つ、リボンに包まれた正方形の箱の群。
 床は一面のギンガムチェック。
 空は色とりどりの風船が浮かんでいて、まるでサーカステントのようだ。
 そしてそれらをも埋め尽くさんとする、クマ、イヌ、ウサギ……様々なぬいぐるみたち。
 暖色で統一された、まさに『子供の世界』。
 不覚にも、その光景に一瞬我を忘れてしまった。

「……っ、そうだ、氷室……!」

 一緒に光に飲まれたはずの氷室の姿が無い!
 慌てて周囲を見回してみても、その姿は見当たらない。

「くっ、どこだ、氷室―っ!!」

 大声を出して名前を呼んでみたが、返事は無い。
 まさか、こことは違う場所に連れて行かれた……!?
 最悪のパターンが頭をよぎり、それを振り払うためにもう一度周囲を見回してみると……。

「ん? ……箱が!」

 堆く積み上げられたプレゼントボックスの頂上、一番高い場所に置かれた箱が、ひとりでに包装を解き、パタンパタンと開き始めた。
 そして、その中には……!


α:雛苺が……二人いる!?
β:氷室が……雛苺と同じ恰好に!?
γ:氷室が……茨に囚われている!?

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最終更新:2006年09月19日 16:45