942 名前: 言峰士郎-23 [sage] 投稿日: 2006/03/09(木) 00:50:58

――――interlude

 ――少年が、崩れるようにして地に倒れた。
 そこに、音も無く……だが必死の様子で歩み寄る暗殺者。
 睨みつける先は、蒼い槍兵。この男が主を殺そうとするのならば、一命を賭してでも防ぐ所存。

 暗殺者は知らぬ事だが――少年が心臓を貫かれずに済んだのは僥倖であった。
 何故ならば、この槍兵こそクランの猛犬、ケルト神話の大英雄『クー・フーリン』なのだから。
 かの英雄の持つ槍は、如何なる者の心臓とて貫き、千の棘をもってして破壊する、古の魔槍。
 マスター……否、『今のマスター』が、禁じていなければ、目の前の少年の心臓を食い破っていた代物である。
 最も、ただ一人で一国の軍勢を相手にしたこともある英雄だ。
 魔槍の力など用いずとも、確実に少年の命を奪う事ができただろう。
 ――だが、しかし、だ。そう言う訳にはいかなかった。
「――ほう、しっかり約束は護ったようだな、ランサー」
 ……暗殺者が、驚いたようにして振り帰る。
 彼女の背後には、暗い瞳の、黒い男が立っていた。
 いつの間に? 反英雄とはいえ、彼女も一角の英霊である。
 目の前の少年に気を取られていたとはいえ、如何なる術を用いれば、その感覚を潜りぬけて接近することができるのだろうか。
「……………………」
 ランサーは答えない。令呪さえなければ殺そうと、そう考えていた男である。
 殺す。必ず殺す。確実に殺す。少なくとも今は気が立っている。抑えられそうにはない。
 それがわかっているのか。否、この男ならばわかっているからこそだろう。
 黒い男、暗い男は、唇の端に笑みを浮かべた。
「――行け。早くしないと、その女……死んでしまうぞ?」
「―――――――」
 射殺すような視線。それを平然と受け流す男。舌打ちをすると、槍兵は隻腕の女を抱え、夜へと飛んだ。
 それを見送る事もなく、男の目が倒れた少年へと向けられる。それを阻むように立ちはだかる暗殺者。
「ふむ。あまり持たないだろうとは思ったが、初日でコレか。予想済みではあったが――……」
 残念そうな言葉。だがしかし、そこに現れている感情は喜び、だろうか。
 暗殺者は外套の内から短刀を取り出し、構える。寄らば切る――否、主に危害を与えるつもりならば、この位置からでも心の臓を貫こう。
「安心しろ。貴様の主に手は出さん。なに、死んでしまうと私も困るというだけだ」
 言って、男が少年に歩み寄った。隣りにいる暗殺者を無視するように。
 一瞬気圧された様子の暗殺者であったが、男が胸に手を宛て、其処から取り出した『黒』を少年の口元に運ぶに到って、ようやく口を開いた。
「――待て。貴様……何をするつもりだ?」
「先ほども言ったろう、安心したまえ。治療をしてやるだけだ。
 ああ、いや、正確に言えば実験でもあるし、そして彼の助けにもなる行為だがな」
 ゴブリ、と少年の口に流しこまれる『黒』。
 ――――……止める事ができなかった暗殺者。慌てて少年の様子を窺うが……今の所、目立った変化は無い。
 むしろ、少し呼吸が楽になったような気さえする。
 それでようやく安心したのか、はあ、と暗殺者が息を吐いた。

「――――さて、量は少なくとも代用品では無いからな。
 どのような結果になるものか…………」

 黒い男は笑みを浮かべて呟き――暗殺者が少年を抱えあげるのを見ると、音も無く姿を消した。





 これが、言峰士郎の――聖杯戦争、最初の一日の、幕切れである。


――――interlude out

944 名前: 言峰士郎-24 [sage] 投稿日: 2006/03/09(木) 02:14:32

 あるところに、女の子がいました。
 女の子は山のおくの小さな村でうまれました。
 女の子のお父さんとお母さんも、この村でうまれました。
 だから女の子も、この小さな村のだれかを好きになって、お母さんになるつもりでした。
 女の子は、だれかを好きになるということを、よくわかっていませんでしたが、
 それはとてもとても良いことで、胸がドキドキするんだ、ということは、わかっていました。
 だから、女の子はそれで良かったのです。
 村の人はみんなやさしい人ばかりでした。
 お父さんもお母さんもやさしい人でした。
 ほんの少し退屈なときもあったけれど、女の子はそれで良かったのです。

 その頃、村の外、お山の外では、大きな大きな戦いがおきていました。
 西のほうから来た人たちが、『せいち』をとりもどすため、女の子の住む東の国に攻めてきていたのです。
 西の人たちはカミサマのために戦っていたので、これはきっと正しい戦いだったのでしょう。
 でも、攻められた人たちは大変です。
 だって『せいち』は彼らにとっても『せいち』だったし、
 西の人たちの中には、お金をうばう為に戦いについて来た人もいたから、
 負けたらみんな取られてしまいます。
 困った東の人たちは、考えて考えて、山に住むおじいさんのところに行きました。
 むかし、おじいさんはカミサマを守るために、いっぱい人を殺してしまったので、みんなから嫌われていました。
 でも、こうなってしまったらおじいさんに助けてもらうしかなかったのです。
 西の人をとめてくれ、と頼まれたおじいさんは考えました。おじいさんは、もうおじいさんでした。
 西の人たちと戦うには、ほんの少しばかり年をとりすぎてしまっていたのです。
 困ってしまったおじいさんは、自分の住んでる山のそばの、小さな村に行きました。

「カミサマを守る為に、子供がひとり必要なのだ」


 村にすむ人たちは、とてもやさしい人でした。
 そして、とてもカミサマを大事にしている人でした。
 だから、えらい人たちは集まって、話し合って、村の子供たちの中からひとりを選びました。

 顔も知らない、会ったこともない、名前もいままで知らなかった子供。
 あの、女の子でした。

 こうして女の子は、お爺さんのところへ行きました。
 そこで女の子は、カミサマを守るため、人を殺す方法を知りました。
 そして、カミサマを守るため、お爺さんのかわりに人をいっぱい殺しました。
 女の子は、皆からほめられました。西の人には怖がられたけれど、東の人はみんな女の子をほめてくれました。

 けど、女の子は、カミサマを守る為に、名前を捨てさせられました。
 カミサマを守る為に、昔のことを忘れさせられました。
 カミサマを守る為に、顔を削られました。

 女の子は、いろいろ手に入れたけれど、いろいろ無くしてしまって。
 結局、女の子が、どんな女の子だったか、知ってる人もいなくなってしまいました。

 ――――これは、おとぎばなしです。
 おとぎばなしなのだから、むかしむかしのおはなしです。
 だからもう、これはおわってしまったおはなし。
 どうにもならない、おはなしなのです。


 ―――……ふざけんな。
 だから、それが、無性に腹立たしくなった。
 ―――――糞ったれめ。
 だが、結局――コイツは夢だ。既に終わってしまった話。どうにもならないお話。

 ――――――ほんとうに?


945 名前: 言峰士郎-24 [sage] 投稿日: 2006/03/09(木) 02:15:22

「………ん、あ――……」
 ぼんやりと、眼を開く。見知らぬ天丼……どんな天丼だそれは。
 もとい、見慣れた天井。どうやら俺は、自分の部屋――ベッドの上にいるらしい。
「………痛ッゥ」
 身を起こそうとすると、腹に響く、鈍い痛み。
 ああ、そうか。この糞ッたれチキンのヘタレ野郎は、あっけなく全身青色槍男にぶっ倒されたのだ、まる。
「――起きたか、代行者殿ッ」
 俺が起きたのを見ると、あわてて駆け寄って来る黒い影。ちまい身体がラブリーです。
 が、別にロリ趣味、というわけじゃない。イリヤ先輩と仲良くしてる時点でアウトだと、某幼馴染は言ってるが、知ったことか。
 つーか俺は、あの『大草原の小さな家』というタイトルがピッタリくるような代物の持ち主である所の彼女こそがロリだろうと思っているんだが。面と向かって言う根性は無し。
「腹の傷だとか、他に痛むところだとかは――?」
「いや、糞くだらないこと考えてないと痛くてしょうがない程度には痛い。痛い、が。
 まあ、うん、大丈夫、だと思う。
 それで、ハサン――俺が情けなくもぶっ倒された後、どーなったんだ?」
 ――だったのだが。ハサンから、昨夜の事情を聞いて、ちょっぴり変更が加わった。
 つまりは『大丈夫だと良いなー』だ。ガッデム。ジーザス。ファック。
 つーか、その得体の知れない黒い泥ってなんだ。
 んな代物を勝手に他人に飲ませたのは何処のどいつだ畜生。
 いやま、誰か、については予想はついてるんだが。
「――……それで、どうするのだ、代行者殿。
 なるべくなら、今日はゆっくり休んだ方が――……」

 時計を見る。時刻は――ま、朝飯食う時間はないっぽいが、遅刻タイムってェわけじゃない。
 ついでに言うと今日は土曜で半ドンだ。
 学校に行って帰って来るくらいは大丈夫だろう。そーいやイリヤ先輩から頼み事があったっけか。
 しかし、自分の身体のことも気になるが――……。

 い.おっしゃ、学校行こうぜ、学校。
 ろ.エスケープエスケープ。休むに限る。

投票結果

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2006年09月24日 18:44