911 名前: 言峰士郎:0-1 [sage] 投稿日: 2006/09/21(木) 00:03:04
親父アクションの馬場対猪木、どっちが勝ってもヴァンダムが許さねェッ!
「ヴァンダム自重しろ」
とか後藤君洋画劇場に突っ込みながら牛乳とカツサンドを求めて全力疾走するのが俺のヴァンダボーな金曜日の昼休みである。
「士郎……なんだって、あんなの吸ってるくせに、脚が早い、のよ……ッ」
「健康志向なんだ」
常に優雅であれとかいう家訓を掲げるが故に廊下を優雅に駆け抜けるという体力消耗する行為を行う幼馴染に一瞥をくれる。
ふん、人はパンのみで生きるにあらず。だがプライドだけじゃあ腹は膨らまんのだッ。
――さて、色々何かあったかもしれないが、俺の現状を把握しよう。
……俺の名前は
言峰士郎。
穂群原学園に通う、清く正しい高校生だ。俺を不良とか呼ぶ連中もいるが、いつか天罰が落ちる筈だから気にしないでくれ。
実家は教会。街一番の――唯一?知ったこっちゃない――教会の管理人だ。現在大好評放浪中の神父の息子。
勿論、言うまでもなく義理だ。あのクソ親父と血縁関係があるわけがない。
だというのに隣(2mほど後方)の幼馴染、遠坂さんチの凛ちゃんは『似てる』とかふざけた事を仰る。
そのツインテールの事を人類はまだ何も知らないな状況になれば良いのに。
でまあ、なんで俺が糞親父の息子になったかというと……ちょいとここから話が飛ぶ。
一気に十年分だ。良いか、行くぜ?
――気が付けば、自分は蟲になっていた。
眼が覚めたら、自分は蟲になっていた。
そんな小説があるのは知っている。学校の図書室で読んだ。感想文も書かされた。課題図書だったから。つまらなかったが。
だけど、まさか自分が某ザムザさんと同じ目にあうとは、いくら小学生の奇妙奇天烈摩訶不思議な想像力でも思うまい。
ただ死にたく無いと地べたを這いずり回る、ちっぽけな蟲。それが、自分。
火事があったのは知っている。大きな火事だ。三丁目の○○さんチでボヤがあったとか、そんなレベルじゃない。
空が燃えたのだ。
街が崩れ、家が崩れ、父が崩れ、母が崩れた。見知った人も知らない人も、すぐ傍で焼け焦げ、崩れていく。
目の前に倒れたのは夕方まで一緒に遊んだ■■くん。防災頭巾のガラがそうだから。顔も腕もボロボロで、理科の実験で作った墨みたい。
さっき躓いたのは、きっと隣の席の■■ちゃんだ。脚を引っ掛けた部分の皮がべろりと剥けたけど、息をしてないから痛くないかな。
運が良かったのか、それとも悪かったのか。悪かったんだろうな、きっと。
それなのに、自分だけが原型を留めていた。
ただ、生きるためだけに歩き出す。
死にたくないからではなく、生きるために蠢く。
それを、蟲と呼ばず、何と呼ぶのか。生憎と十年経った今の俺でも、そう良い言葉は思い浮かばない。
今思うのは、その時の俺よりもドーン・オブ・ザ・デッドの連中のがマシに動けたんじゃねーか、なんてくだらない事だ。
希望はなかった。当たり前だ。この赤い世界から希望を見出せる方がどうかしている。
それに、蟲というのは希望を抱かないものだ。
ただ前へ、前へ。何も考えずに脚を動かして、歩き回って。歩き続けて。
――そして、倒れた。
現実ってのはいつだって厳しいけど、シンプルだ。ガキの俺にだって理解できたんだから。
自分は、ここで死ぬ。
雨が降り出しそうな、空と雲を見て。
もっと早く降れば良いのに、とそんな事を思いながら。
死ぬなあ、と呟いて―――
でもって、あっさり助かった。週刊誌の打ち切り漫画でもないだろってぐらい、ご都合主義的に救われた。
名前も知らない。顔だけをぼんやり覚えている謎の人物。誰もが知ってるかどうかは、知らないが。
……最も、助かったのは外側だけだ。
そう、外側だけ。身体だけが残って、あとは伽藍になった。
まあ、そういうものだ。
両親が死に、家も無くなった子供には、何も無い。
そういうものだ。納得するしかなかったし、実際に俺は納得した。
とはいえ、少しだけ文句を言わせて貰えるなら――……
……――親が生きてれば、あんなクソ親父に引き取られずに済んだ、という事だ。
912 名前: 言峰士郎:0-1 [sage] 投稿日: 2006/09/21(木) 00:04:25
――そいつが、十年前だ。
まあ、あんな体験をして、あんなクソ親父に育てられたにしちゃ、まあ真っ当に育ってると思う。
というかむしろ、聖人に違いないね、俺は。
間違いない。断言できる。つか断言する。
「だから俺のありがたいお説教を聞いて悔い改めてそのカツサンドを諦めろ、生臭坊主……ッ!」
「だが断るッ! 貴様こそ、飢えた人々に施すのがカトリックの本道ではないか、不良神父めが……ッ!」
「良いからその抹香臭い手を離せってんだ、カツサンドの味が悪くなっちまうだろうが!」
「はッ、俺は気にせんぞ。ソレが嫌なら、向こうで聖餅でも齧ってれば良いのだ……!」
俺、この異教徒を悔い改めさせるから、だからジーザス見ててくれ!そして俺に最後のカツサンドを……ッ!!
ガッツリと街一番の――というか唯一の――寺の息子の生臭坊主相手に拳と拳の宗教論争を繰り広げながら、俺は神に祈るIN購買前。
非常に迷惑かもしれないが、周囲の皆、我慢してくれ。これも真に皆を救済するためなのだ……。
「ふん、まぁた言峰と柳洞は馬鹿なことやってるんだから……あ、今日も綺麗な売店のおばちゃん。僕にカレーパンを」
「割り込むなワカメ!」
「この背教徒め……ッ!」
だから華麗に空気をぶち壊した間桐さんチの慎二くんに蹴りを入れても許される筈だったんだが、
ぶっとんだ慎二が拳を振り上げ反逆を開始。
かくして封印されしアークと書いてカツサンドと読むを巡り、第これでえーっと100回まで数えたんだが何回だっけまあコレが100回で良いよな宗教戦争が勃発した……!
「……ほんと、馬鹿ばっか」
――あ、遠坂にカツサンド買われた。
913 名前: 言峰士郎:0-1 [sage] 投稿日: 2006/09/21(木) 00:05:42
……とまあ、俺については、こんなもんだ。
少なくとも、昼間の俺については。
柳洞一成やら間桐慎二やらと馬鹿やったりしつつ、毎日を送ってる。
今日はカツサンドを逃してコッペパンと青汁だったが、日々神の教えを説いていることも理解してもらえただろうか。
そして、そんな俺がいかに健全で素晴らしく道徳的で人の鑑のような少年である事も。
「……その自信は何処から沸いて来るのやら」
「そりゃあジーザスは素晴らしい人間だから、彼を信じてる俺も素晴らしい人間だよ」
「あなたの相手してると、時々頭痛くなってくる……」
眉間を押さえる少女をニヤニヤと笑いながら、制服ズボンのポケットから紙巻を引っ張りだして咥える。
……今は人の目を気にする必要は無い。
放課後の、屋上。夕焼けに染まった校庭。学校。故郷。世界。
家路を急ぐ連中を見ながら、こうやって幼馴染――遠坂と会話をするのが、結構習慣となっていた。
「素晴らしい人間なら、煙草は二十歳からじゃないの?」
呆れたように笑う遠坂。大丈夫、煙草じゃないから……とは、怒らせると怖いから言わないが。
「ま、あんまり厳し過ぎちゃいかん、ってぇのが主の教えさ」
微苦笑浮かべてマッチを擦る。煙と共に漂う、甘ったるい香り。手首を振ってマッチの火を消すと、燃えさしをポケットへ。
そして、ほんの少し遠坂から距離を開ける。
彼女が嫌煙家なのもそうだが、これから話すことも、だ。
「……それで、どうなの『審判役』。今回の状況は?」
「さぁて、ね。ま、あんまし一方に肩入れできんから情報は流せないんだが……」
「良いじゃない、幼馴染でしょ?」
「だまれ悪魔。……まあ、まだ揃っちゃいないってのは、教えても良いな。
つか、連絡寄越さないヴァカタレもいるから断言できないが、聖杯自体も、んなに動いてないっぽいしなあ。
多分、四騎……揃ってても――五騎ってところか」
「ふぅん……ちゃんとこなしてるじゃない、『お仕事』」
「ま、そりゃ、これでも監督役ですから?」
914 名前: 言峰士郎:0-1 [sage] 投稿日: 2006/09/21(木) 00:06:32
――これが、夜の俺。
吸血鬼殺しなんて大層な名前に憧れて、クソ親父に慣れない頭を下げちまったのが運の尽き。
あのサディストめ。義理の息子に鉄拳で教育してくれおってからに。
現在の俺は、死徒に敵うかどうかもわからないという代行者――のさらに見習いだ。
この程度の実力じゃ、並みの異端者の相手してもどーなのやら。
まあ、この程度の街の教会ならば、それでも『平時』は勤まるのかもしれないが。
『平時』じゃなくなった今となっては、どこかをふらついている糞親父を殴りたい。
そう、今は『平時』じゃない。魔術師の皆さんお待ちかねの大イベント『聖杯戦争』とやらのスタート直前なのだ。
願い叶える装置を巡って英雄呼び出しての殺し合い。何処の阿呆が始めたのかは知らないが、良い迷惑だ。
世間様にバレなきゃ拷問爆殺毒殺なんでもあり。そんな戦いの隠蔽やら調停やらをするのが俺の仕事なんだから。
まあ、親父曰く『真っ当な戦争』をしたのは前回の勝利者だけなんだそうだが。
「でも、五騎かあ……それじゃ、そろそろ呼ばないといけない、かな」
「そりゃあドンジリスタートよりかはな。呼び出したら、ちゃんと報告しろよー?」
「……あ、やっぱり?」
ジト目で睨むと、あははと彼女は笑った。冗談、という事らしい。いつかツインテールが人類に反旗を翻せばよいと思う。
「ったく……隠蔽するの俺なんだからな? 表ざたになって困るの、お前なんだぞ」
「心配性よね、士郎は――大丈夫、そんな大きなことはやらかなさいって――多分」
多分ってなんだ、多分って。むかついたので煙を吹きかけてやると、今度は此方が睨まれた。
……まあ、信頼はしてる。自主的に、隠蔽が必要な事――他人を巻き込むこと、はやらない奴だから。
もっとも、『うっかり』してるから信用はしてないんだけど。
「……それと、後もう一つ。負けたらとっとと教会に来い」
「あ、心配してくれてるんだ?」
「馬鹿いえ。幼馴染に死なれると夢見が悪いんだよ」
「それを、世間じゃ心配って言うのよ、神父さん?」
ニヤニヤ笑う赤いあくま。とっとと帰れと、手を振った。
――夕暮れ時は、中間の時。狭間の時間だ。
魔術と日常、その二つの顔を混ぜて、こうやってくっちゃべるのも、そう悪いもんじゃない。
召還に備えて早めに帰る、という遠坂を見送って、独り屋上に残って、そんな事を思う。
そう、悪いもんじゃないんだ。
だからかもしれない。ガラにも無く、彼女の心配をしたのは。
「ったく、テメエにゃ相応しくないぜ、言峰士郎」
溜息混じりに煙を吐き出し、とんとんと胸をたたく。
脈打つのは、心臓の代用品。ご都合主義的に俺の命を助けてくれた糞ッたれ。
親父の形見――じゃないな、生きてるから。早く形見になれば良いのに――は、相も変わらず返事をしない。
伽藍の内側を満たしているのは、こんな代物だ。だから結局、言峰士郎は空っぽ。
「器は捻くれてるんだがねー」
ケケと笑って、俺も屋上を後にする。
さて、この後は――――
「……あ、ヤベエ、冷蔵庫の中身空だった。晩飯どーしよう」
そんな現実的な問題が、待っていた。
貧乏人万歳!:早く安くて美味い晩飯の材料を買いに行こう。
よう相棒、まだ生きてるかい?: ……あの店へ向かう。
人はパンのみで生きるにあらず:水と塩さえあれば……ッ! 教会へ帰る。
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最終更新:2006年09月24日 18:55