857 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [今回長いですsage] 投稿日: 2006/10/14(土) 01:51:30


 衛宮邸の離れに居を構える遠坂の部屋。
 普段は部屋の主くらいしか居ることのないこの部屋も、今夜は珍しく客人があった。
 水銀燈、雛苺、そして俺。
 藤ねえが帰った後、この面子が遠坂に呼ばれて、この一室に集合したのだ。

「遠坂、それで話っていうのは……?」

 雛苺を胡坐の上に乗せながら俺が尋ねると、遠坂は腕組みしたまま言った。

「藤村先生抜きじゃないと言えない事もあるってことよ。
 家庭裁判のロスタイム、ここからは魔女裁判といきましょう」

 ……さらりと恐ろしいことを言うなあ。
 俺にとってはさっきまでのも充分宗教裁判チックだったんだが。

「あー……やっぱり遠坂はわかっちまったのか」

「ええ、そりゃあそうよ。
 そこに居るアンティークドールたち、見た目ほど可愛いもんじゃないわ」

「……なんですってぇ?」

 ぶすっとしていた水銀燈が、さらに不機嫌そうに遠坂を睨みつける。
 それもそのはず、普段なら水銀燈は、もうとっくにトランクケースの中で眠っている時間なのだ。
 さっきも『たんてい犬くんくん』が終わった途端、さっさと寝ようとしていたのだが、なんとか宥めて連れて来たのだ。

「うゆ……」

 雛苺にいたっては、もう既にうとうとと舟を漕いでいる。
 この分では会話に参加させるのは難しそうだ。

「当たり前でしょう。
 魔術に関わるものなんて、大なり小なり厄介なものなの。
 その辺ははっきりさせておかないとね」

「何を言うのかと思えば……くだらなぁい。
 そんなくだらないことを言いたいだけなら、水銀燈はもう寝るけどぉ」

 ばちばちばち。
 遠坂と水銀燈の間で見えない火花が散る。
 ……ううむ、薄々思ってたけど、この二人って相性悪いんだなぁ。

「まあまあ、抑えてくれ水銀燈。
 ……遠坂も、ちゃちゃっと本題を……」

「そうね。
 眠そうな子もいることだし、とっとと話を済ませちゃいましょうか」

 意外とあっさりと遠坂は頷くと、組んでいた腕を解いて俺に向き直った。

「まず……氷室さんの容態について、ね。
 セイバーとイリヤから様子は聞いてる?」

「あ、ああ……」

 ちなみに、氷室は今、使われていなかった空き部屋で寝ている。
 セイバーとイリヤに様子を尋ねると、二人は揃って頷いた。

『ええ、かなり消耗していましたが、既に持ち直しました。
 大事を取って一晩休めば、大丈夫かと』

『わざわざ私が体調を直したんだもの、大丈夫に決まってるわ。
 これで貸し一つだからね、おにいちゃん』

 ……という二人の答えを聞いて、俺はほっと胸を撫で下ろした。
 気を失った直後はあわやと思ったが、無事なようで何よりだ。

「そう、つまり、それこそが何よりのひっかかりよ。
 士郎が人形をつれてきたと同時に、弱った氷室さんを抱えてやってきた。
 ……関係ないと思うほうがおかしいでしょ」

 確かに……氷室が衰弱したのは、雛苺に力を吸われた所為だ。
 その二人を同時に連れてきたら、原因を知らなくとも、そこになんらかの関連を考えるのは自然だろう。

「あれ、でもさっき藤ねえはあっさり納得してたけど……?」

 藤ねえは、二人の関連性に思い至らなかったのか?

「さっきは藤村先生にだけ、こっそり思考誘導を噛ませておいたのよ。
 要するに簡単な暗示ね」

 ……ぜんぜん気がつかなかった。

858 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/10/14(土) 01:52:38


「話を戻すと。
 ここまでの情報から推理すると、予想できることは三つほどあるわ。
 一つ。薔薇乙女《ローゼンメイデン》は人間と契約できるということ。
 二つ。契約者は薔薇乙女《ローゼンメイデン》に魔力を供給するということ。
 三つ。薔薇乙女《ローゼンメイデン》は、契約者の魔力を枯渇させるほどの力を行使する存在であること」

「……なんか、魔術師とサーヴァントみたいだな?」

「そうね、士郎の言うとおり、魔術師と使い魔の関係にそっくりよ
 魔術師でもない一般人でもお構いなしに契約できる、ってところが厄介だけど」

 ……そうか、氷室は人並みの魔力しか持っていなかったから、雛苺に魔力を吸われてあんなことになってしまったわけか。
 俺はこれでも魔術師見習いだから、普通の人よりは魔力が高い。
 だから、水銀燈が力を行使しても無事でいられたのだろう。

「問題は、そんな力を使って何をやらかそうとしてるのか、ってことよ。
 ただ動くだけなら、人間が昏睡するほどの魔力を必要としないんだし。
 ……あんたたち薔薇乙女《ローゼンメイデン》の目的は一体なんなの?」

 嘘は見逃さないし許さない、とでも言うような遠坂の口調。
 それに対して、ふん、と笑って水銀燈は答えた。

「目的?
 ……薔薇乙女《ローゼンメイデン》の目的は一つだけ。
 アリスゲームを制して『アリス』になる。
 それこそが私の望み、そしてお父様の望み」

「アリスゲーム?」

 それは、以前にも聞いた言葉だった。
 nのフィールドと呼ばれていた空間で、水銀燈が開幕を宣言した儀式。
 あの時は、なにか既視感を覚えたような気がしたが……。

「そうよぉ。
 私たちは自らの力で、お互いの『ローザミスティカ』を奪い合うの。
 それがアリスゲーム。
 薔薇乙女《ローゼンメイデン》に課せられた宿命」

 歌うように言葉をつむぐ水銀燈。
 だが、聞いたことのない単語が出てきたせいで、イマイチ理解できていない。
 それは遠坂も同じだったようで、眉のつりあがり角度がさらに上がった。

「……アンタ、初耳の人間にもわかるように言いなさいよね。
 何よ、そのローザミスティカってのは?」

「ローザミスティカはローザミスティカよぉ。
 私たちの命の源であり、アリスへ到る為の鍵。
 ローザミスティカを失ったドールは、只の人形になっちゃうのよぉ」

 さも当たり前のように言う水銀燈だったが、俺と遠坂は思わず顔を見合わせた。

「……つまり、薔薇乙女《ローゼンメイデン》の魂、みたいなもんか?」

「擬似的に魂の役目を果たす魔力炉心、かもしれないわね。
 どっちにしろそんなもんを造ったローゼンって人形師、とんでもないわね……」

 魂の物質化。
 それは第三魔法とも呼ばれる奇跡の業だ。
 かつてこの街に降りた聖杯は、その奇跡を起こすための触媒だった……という話を、事が終わった後に聞いたことがある。
 要するに、このお人形さんはどえらい技術を使って造られているって事だ。

「魔術師として興味は有りすぎるくらい有るけど……。
 それはともかく置いといて、そのローザミスティカを奪い合って、全部集めるのがアリスゲームの目的なわけ?」

「ええ。
 全ての『ローザミスティカ』を手に入れたドールだけが、『アリス』に至ることが出来る。
 それが薔薇乙女《ローゼンメイデン》の宿命なのよ」

 そんな……それじゃ、まるで……。

「……最後の一人になるまで殺し合い、ね。
 まるで聖杯戦争じゃない」

859 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/10/14(土) 01:56:20


 遠坂の一言は、まさに俺が思ったことと同じだった。
 nのフィールドで感じた既視感が甦る。

 サーヴァントをドールに。
 魔術師をミーディアムに。
 令呪を指輪に。
 聖杯を『アリス』に。

 これは、自らの願いを叶えようとする人形達の聖杯戦争だった。



「今日の所はもう帰っていいわ」

 と言う遠坂の言葉に従って、俺たちは部屋を退出した。
 雛苺は「鐘と一緒がいい」と言うので、トランクを氷室の寝る部屋へ持って行った。
 水銀燈は未だに土蔵で寝ることに固執しているらしく、中庭の向こうへ飛んでいった。

 遠坂の部屋から戻る道すがら、俺は今聞いた話をなんとなく思い返していた。
 水銀燈はアリスゲームを制することを望んでいる。
 俺としては、聖杯戦争の時と同じように、積極的に戦いに参加するのは良しとしない。
 できれば戦うこと無く、解決したいと思う。
 だがそれは、水銀燈の願いを無碍にすることを意味している。
 アリスになるという目的がある以上、戦うということは避けられない……。

「――あれ?」

 ふと、気付いた事がある。
 薔薇乙女《ローゼンメイデン》は、究極の少女『アリス』を模して造られた。
 そして今もアリスになることを願って戦いを続けている。
 それは、つまり。
 ローゼンに造られた7体のドールは、とうとうアリスには到らなかったということなのか。

「ローゼンの目指したアリスって、一体なんなんだ……?」

 結局蒲団にもぐりこむまでその答えは出ることなく、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。





 そして、長い長い一日が終わり、新たな朝がやってくる。



α:Interlude side Himuro 「一緒に登校・氷室編」
β:Interlude side Makidera 「冬木の黒豹スペースコンバット」
γ:Interlude side Suigintou 「はじめてのおるすばん」

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最終更新:2006年10月19日 21:20