851 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/09/20(水) 03:50:30
ゾンビは、およそ生きている者とは懸け離れた不自然な動きをしながら歩いて襲いかかってきた。
「いやぁ、なるほど、近年の素早いゾンビと違い、実に『らしい』動きをしますなぁ!」
零観は多少緊張した面持ちながら、豪快に笑い飛ばす。
一方の葛木は無言で頸椎と四肢を破壊する。
「しかし、こう動きが遅いと、逆にやりにくいものですな、柔術は相手の動きを利用する物ですから……なっ!」
言いながら、頸椎を狙う手刀。
「せいっ!」
手刀を叩きつけると同時、そのまま手首のみで床に叩き付ける。
叩き付けられた石畳は完全に砕けていた。
「ほう、技が増えましたな」
「先月他山での修行の折に達人に教えを請いましてな、隅落の一種で、起源<<元々>>は人と交わった天狗の技らしいですぞ」
いや、手慰みでお恥ずかしいと豪快に笑う。
「しかし、敵は不死故四肢は破壊するが良策」
ゾンビの手が零観の足を掴む。
「ふむ、こういった手合いは頭さえ破壊すれば良い物かと思っておりました、いや、修行が足りませんなぁ」
ゾンビの掴んだ腕に全力の下段突きが炸裂する。
腕は寸断され、石畳はさらに崩壊する。
「やれやれ、明日には石畳の全面交換が必要ですかな」
「そうなる前に」
既に『蛇』は、全身は葛木の意志の外で敵を屠っている、故に頭の中には月下の疑問だけだ。
思考をそのままに、葛木は群の主を狙った。
瞬間、イブラヒムは死を実感した。
それは過酷な修行の末の事であったし、体の奥の本能も訴えかけていた。
この男に近づかれれば、自分は死ぬと理解した。
「くっ……!」
全身を強化、首と頭部のみを両腕でガードし、影を引き連れ走り出す。
ゾンビが二人の間に壁となって立ち塞がる。
その時間は一瞬、だが間合いを開けるにはそれで十分であった。
魔術を行使することも忘れ、イブラヒムは石段へと走り出す。
このような例外がある以上、この霊地は諦める他ないと、そんなことを考えていた。
「なるほど、不死とはいえ腐っている以上、生身よりも脆いのは必然か」
零観の掌底がゾンビの頭を粉砕する様を見ながら、そんなことを口にした。
両手は既に、血と腐臭に塗れていた。
「……これは風呂に入り直しか、さっさと終わらせて入らねば臭いが残ってしまうなぁ」
続く裏拳が、別のゾンビの肩から先を吹き飛ばした。
「さて、葛木殿はどうなったかな」
彼に襲いかかる最後のゾンビを天狗の技で頭から床に叩き付け、そんなことを呟いた。
石段を駆け下りた先。
葛木の左手がイブラヒムの頸椎を捉える。
力という頸椎を折るだけの衝撃が服という布を突破するまでの数瞬。
その数瞬がイブラヒムの運命を分けた。
「む……?」
頸椎へ力が到達する寸前、葛木の左手に穴が開いていた。
込めようとした力と逆方向の、手を突破するだけの衝撃を受け、掴んだ手が吹き飛び、込めた力が霧散する。
音速を超える銃弾が抉ったのだろう、音は後から聞こえた。
掴んだ手が放れ、イブラヒムは這うように地面に転がって逃れた。
『やれやれ、こんな外道が主とは、つくづく私も運がない……いや、それは生前からか』
影からそんな声が響いた。
「しょ、召還できたのか?」
イブラヒムも驚いている。
それは真実、この聖杯が『死にたくない』という願いを不完全に叶えた瞬間だった。
『主よ、先の外道を再び行うならば、名誉を汚すならば、主従の誓いを破ろうと貴方を殺す、確実に殺す、宜しいか?』
「あ、ああ、わかった、やらんから——こいつをなんとかしろ!」
腰を抜かすようにへたり込みながら叫んだ。
「宜しい、ならばそこな人よ、不運だったと思ってくれ——狙え」
暗闇から"多数の銃口"が彼を狙っている。
彼の瞳は、闇を闇と認識したまま、その姿を認識した。
「撃て」
月下の疑問。
彼女の悪夢は如何ほどだったと。
葛木は、その瞬間までそんな事を考えていた。
無数の銃弾は——
最終更新:2007年05月21日 00:30