634 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/10/07(土) 03:47:30
サーヴァントを連れぬ状態での戦闘は危険だ、一度衛宮邸へ戻ろう。
本当のところ、戻ってもたいした話があるわけではない。
ただ回収した残骸の調査や、新たに判明した敵陣地の情報、その程度だ。
「まあ、それだけでも良い、少しくらい、『日常』というのも必要だ」
そう言って自嘲気味に笑う。
彼等は彼女よりも年下だ。
それでも、彼等に学ぶことは多い。
削ぎ落とした無駄、それによって失った物。
無駄は必要なのだ。
無駄がないということは余裕がないということ。
かつての彼女はジーク(零戦)のようなものだ。
徹底した無駄の排除による軽量化。
それはそれで良い物だが、彼女はそれによって安定性、目的を見失った後の復旧を全く考えていない物であった。
その有り様は『心に響く何か』がある、だがそれは根性と途方もない技量で乗りこなす、完全な熟練者仕様の生き様である。
だが彼女は彼等に出会い、大きな人生の転換を迎えたと言える。
「ふふ……食事を頂いて帰りましょう」
そんなことを笑顔で呟き、彼女はS市を後にした。
そして、時間と共にS市を覆う闇は濃く、深くなっていく。
まるで自覚症状のない病のように。
広瀬康一は駅の改札を通り、一息ついた。
「はーっ……少し遅くなっちゃったな……近道して早く帰ろう」
そんなことを呟いて、自宅への道を小走りに動き出す。
駅から少し距離があるが、地元、S市の道はよく知っている。
ビルの工事現場になっている抜け道は、少し注意すれば走れそうだった。
「よし、あそこを抜ければ僕の家だ」
そんなことを考えて抜け道に入り、そこで足を止めた。
635 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/10/07(土) 03:48:19
そのとき二人に共通していたのは、危機感だ。
一人は、昨日の出来事、ジェネラルの戦いを目撃し、
己とその従者の実力を過小評価してしまった事による『自分は死ぬかもしれない』という危機感からの行動だった。
もう一人、広瀬康一の中にあったのは『自分は殺されるかもしれない』という危機感だ。
死体が転がっている。
切り刻まれ、それでも血液の殆どを吸い取られたのか、床に血のない惨殺死体。
「見られたか……だが仕方ない、目撃者は殺せ、バーサーカー」
その言葉に反応したのか、その傍らで死体を食らう彼は、にやりと笑い、死体を放り捨て、襲いかかった。
叫び声は康一のもの。
突き出された手を瞬時に重くする。
「ACT3 FREEZE!」
その勢いは急激に落ち、足を切り裂いて地面に突き立てる。
「魔術師? ……私は運が良い、サーヴァントも居ないのならば私にだって殺せる!」
そう判断したのか、声が僅かに漏れ、逃げ道のない路地で衝撃波を放つ。
バーサーカーが真上に跳ぶ。
その姿を思わず目で追い、衝撃波を受け吹き飛ぶ。
「今だ! 殺せ! バーサーカー!」
工事現場の鉄骨。
それを蹴り、方向を変え空中からバーサーカーが康一へと襲いかかる。
その光景が僅かに見える。
着地地点は康一のすぐ後ろ、後ろに下がって逃げるには時間が足りず、
振り向いて対応しようとすれば空中から切り刻み、さっきの衝撃波でなぎ払おうとするだろう。
故に行動先は前しかない。
そして、目の前の男を殴り倒して逃げるしかない。
「と、言ったところか」
魔術師が笑う。
その目論見通り、彼、康一が走り出す。
彼のバーサーカーは些か通常の代物とは違う。
ただ狂っているだけ、理性は彼が人間として生きていた頃から消失していた。
消失してしまっていた。
故に、彼のバーサーカーは、己で思考するという、バーサーカーの異端である。
故に笑い、言葉も発する。
「ザンネンダッタナァ!」
高い声、獣を思わせる肉質な声だ。
何もない空中で、方向を変えた。
「うわっ!」
それでも康一は転がって爪の一撃を回避する。
「ほう……以外と良い運動神経と反射……戦闘経験豊富、といったところか……ならば」
魔術師の腕が光る。
魔術による命令、契約下の封印解除命令だ。
「……やれ、バーサーカー! 第一段階の解除を許可する!」
「ヤットカイ?」
バーサーカーが歯を見せて笑う。
それと同時にバーサーカーの周囲の景色が歪み、工事の廃材、コンクリートや木片が空中に浮き。
立ち上がる康一を襲う。
頭部を直撃し、コンクリート片が吹き飛ぶ。
だがそれにダメージはなく、走り出す。
「エコーズACT2……『ブシュー』のしっぽ文字を僕に貼り付けてコンクリートを吹き飛ばした……そしてっ!」
射程距離5メートルに到達する。
「エコーズACT3!」
頭に全力で能力を叩き込む。
そのはずだったが、魔術師は横の壁に叩き付けられるようにFREEZEの一撃を回避した。
「バーサーカー……助かったが……第二、第三の解除までは命じていないぞ!」
壁で頭を打ったのか、頭を押さえながら叫ぶ。
「ヒャッヒャッヒャ……解除シタラ最後までヤルヨォー!」
バーサーカーの哄笑が響き、周囲に黒い何かを感じ取る。
一瞬だけ振り向いたが、少なくともこの狭い路地から出なければ逃げることも出来ない、一目散に走り出す。
だが、人間がサーヴァントから逃れること、勝利することは至難であり、基本的には不可能だ。
気付けば、康一の体は先程の黒い何かに貫かれていた。
「うっ?」
貫かれた瞬間は何も感じず、だが次の瞬間に気付いた。
体の異様なまでの浮遊感。
彼の体は強制的に浮かされていた。
「クタバリナ」
工事現場のビルに叩き付けられる。
一階からビルの天井を突き破る。
その衝撃の中、康一は、紛れもない死を実感した。
天井を突き破って上空へ吹き飛ばされ、自由落下を超える速度で地面に叩き付けられる。
そうなれば死は確実だった。
だが、『死にたくない』という願いは、歪んだ聖杯にとってはまさに闘争の引き金だ。
地面に激突する直前。
救助隊のマットに落下するような感触と共に、虚空に停止する。
康一は——
最終更新:2007年05月21日 00:47