908 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/10/15(日) 03:03:31
「凛さん、命を狙われることについて心当たりは?」
セイバーが構えを解く。
彼の構えが持つ『危うい緩さ』は緩和され、ただの緩さに変化していくのだろう。
「さぁ? 魔術師は切った張ったなんて日常茶飯事、とまでは行かなくとも、常に覚悟しているべき事よ」
「そんな……」
「なのは、悲しいかもしれないけど、これがこの世界の魔術師なの」
冷静に言う。
ああ、彼女は満ち足りて生きてきたんだと理解する。
出来れば彼女を悲しませたくないというのは心の贅肉だろう、だがその考えは打ち消せない、それが遠坂凛という人間である。
「凛さん、貴方妹が居ると仰いましたね? その方も魔術を?」
「ええ」
「ならばそちらに行きましょう、彼等は貴方を『候補の一』と言っていました、彼女が狙われる危険もある」
「……確かにそうね、行きましょう」
逡巡は極短い。
「準備の類はいらないのですか?」
「ええ、大丈夫、かなりの荷物は既に向こうにあるもの……フェイト、なのはも大丈夫ね?」
二人が頷く。
「では行きましょう」
歩きながら気付く。
セイバーはともかく、彼女たち二人を名前で呼んでいることに。
「……ま、仕方ないわね」
見た目も完璧子供だし、クラスも被っているし。
道中、衛宮邸の話を少しだけする。
「ふえ〜、凄いんですね、その、士郎さんって」
なのはが目を丸くしている。
父と同じ名前だと言うこともあるらしいが。
「うん、その人、強いね」
フェイトが目を瞑り、嬉しそうに微笑む。
セイバーは何も言わず、衛宮士郎のことを考えているようだった。
909 名前: 隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM 投稿日: 2006/10/15(日) 03:04:29
衛宮邸まで、なんの問題もなく到着した。
「おう、お帰り」
居間では家主が待っていた。
「疲れただろ? 夜食が用意してある、食うか?」
包みを開ける。
多少冷めてはいるが、冷めることを前提にした少しだけ濃い味付けがされていることが見て取れた。
その表情や夜食から、彼女が召還の儀式をしようとしていた事も想像がついていたようだ。
帰ってくるかどうかは分からなかっただろうが。
「……ん、頂くわ、みんなも食べる?」
「……そうですね、頂きましょう」
「それじゃあ、私達も食べよっか」
「うん、そうだね」
さすがにこの光景は想像の外だったようだ。
呆然としている。
「えーっと、この人達は?」
「ん? なんだと思う?」
手を合わせながら言った。
「……いや、全然……一人ならば想像もついたんだが……遠坂の知り合いと娘さん二人?」
「あはは、違いますよ、私達凛さんのサーヴァントなんです」
あ、頭を抱えた。
夜食を食べ終わる。
「あ、お皿なら私が洗います」
「いや、いいよ、この位なら俺やるから」
士郎がなのはの頭を撫でる。
「士郎、それは私達がやるから、三人の布団の準備、お願いできる?」
「あ、そうか……いや、しかしなぁ……」
「何か問題があるの?」
「ああ、布団はキャスターと美綴の寝てる部屋の押し入れにまとめて入ってるんだよ、毛布は各部屋に入ってるけど。
結構前に寝たから起こすのは悪いしなぁ……」
時刻は朝に近くなりつつある、この時間に起こされたら普通は不機嫌になるだろう。
「ああ、私は結構です、今夜は見張りをさせて頂きます」
「……それなら話は簡単か」
ちょっとした話、それだけで布団の問題は解決した。
「いいの? セイバー」
「ええ、こちらに向かおうと言ったのは私ですし」
「……セイバー?」
「はい、私はセイバーです」
瞬間、士郎の表情が僅かに変化する。
「……そうですか、それじゃあ、こっちに」
セイバーに家の間取りを説明する。
「……士郎君、私に何か言いたいことがあるのではないですか?」
説明が終わると、セイバーはそう言った。
「ええ、少しだけ……」
士郎の顔は暗い。
彼にとってセイバーの名前は『己の罪』そのものだ。
まだ彼の頭の中から、『この手で彼女を殺した』瞬間のことが離れない。
誰かを救うために誰かの未来を奪う。
それは彼が否定し、それでも尚通った道だ。
「そうですか……」
衛宮士郎という人物の心を抉ってしまったこと、それをすまなく思った。
「ええ、すいません、貴方が悪いわけではないのは分かって居るんです……しかし……」
「では『先生』と、呼んでいただけますか?」
「先生、ですか?」
「ええ、これでも医者だったものですから、セイバーよりもなじみ深いですし」
少しだけ明るい表情に戻る。
彼にとって先生とは藤村大河という人物のイメージだ。
それはただひたすらに明るい、楽しいものである。
「そうですか、では先生、俺の部屋から毛布を持ってきますので、待っててください」
士郎が笑い、立ち去る。
そしてセイバーは考える。
彼の心は強いのではない。
ただ内に全てを貯めてしまう物なのだろうと。
「一生の間に、折れることが無ければ良いんですがね」
——そうして再び朝は来る。
最終更新:2007年05月21日 00:54