886 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/10/14(土) 20:01:26

壱 爆破する

 ———こうして、聖杯戦争は終結した。



 一年で一番寒い時期も終わって、暖かい陽射しが待ち遠しい季節になりました。あれからおよそ一ヶ月。時間が経つのは早いもので、あの常識を超えた殺し合いは、つい昨日の事のようにも思えますけど。

「……そろそろ行こうか。藤ねえがお腹をすかせて暴れてそうだ」

 お花を供えて、長い長い黙祷の後、先輩はようやく頭を上げました。私と姉さん、そしてルヴィアゼリッタさんも頷きます。先輩が一体何をお祈りしていたのか、わたしに知る術はありません。知っていい事でもないと思います。あの日、何を考えて決定的な判断を下したのかも———。

 大勢の人が亡くなりました。柳洞先輩をはじめ、先輩と親しくしていた方やその身内の方々も例外なく。連日の事件に対処すべく待機されていた警察の方々と藤村組の皆さんの尽力によりパニックも被害者も最小ですみましたが、それでも犠牲は多すぎました。

 あの時、先輩は選んだのです。切り捨てる事を。多くを救う為に少数の犠牲を容認する事を。それは先輩のお父様と同じ道で、結局、その壁を超える事はできませんでした。

 ただでさえ重すぎる人の命。先輩にとって、それはどれほど重大な事なのでしょう。あの日から、瞳の奥に何かが宿りました。増々人助けに奔走しているのは新たな決意なのでしょうか。いっそ贖罪の道を選んでしまえば楽なのでしょうけど。

 そんな先輩の為、わたしにできるのは一つだけ。

「……ねえ、姉さん」
「なに? 桜」
「今日のお夕飯、中華を教えてくださいませんか?」

 たったそれだけ。わたしの言葉は何気なかったのに、姉さんの表情は歓びに溢れてくれました。勿論、わたしもさぞや楽しそうにしているでしょう。幸せなわたし達姉妹を見守りながら、先輩は目を細めて微笑みます。

「でしたら、シェロ。明日は私と一緒に和食に挑戦しましょうか」
「———ちょっと。ルヴィア、アンタ料理なんてできないくせに」
「ですから教えていただくのですわ。手取り足取り……、私、シェロになら腰をとられてもかまいませんわよ」
「ルヴィアっ! それどういう意味よ! 大体アンタ、いつになったらフィンランドに帰るのよっ」
「ええ帰らせていただきますわっ。一つ大きなお土産を連れて帰りますとも!」
「———なんですって!?」
「おいおい、二人とも……」

 ———幸せでありますように。楽しく笑って暮らせますように。

 わたしでは失ったものは取り戻せませんし、できる事にも限りがあります。それでも、精一杯幸せに。何気ない日常を大切に。先輩の周りを楽しい世界で彩る事が、わたしにできる唯一の恩返しだと気付いたのですから。

 聖杯戦争は終わりました。だけど、わたし達の人生はまだまだこれから。

 もう少ししたら春になって、ツクシが笑って櫻が咲いて。そうしたら、ねえ先輩、みんなでピクニックに出かけましょうか———?



     ———Normal End 4/代償と楽園———



 教えて———
壱 カレン先生
弐 黒レン先生
参 馬坂先生
四 人間失格先生
伍 教わらない

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最終更新:2006年10月22日 10:36