156 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/10/23(月) 00:26:41


「あ……見られ、た……?」

 自然とこぼれたそれが、自分の声とは思えない。
 無意識に掻き合わせたパジャマが、胸を圧迫する。
 衛宮によって再び障子が閉ざされた。
 それを見つめたまま、ひどくゆっくりと思考が進む。

 見られた。
 誰に?
 衛宮に。
 何を?
 私の――――

「………………っ!!!」

 ここに到って、私の頭と身体は通常の働きを取り戻した。
 頭は今起こったアクシデントを理解し、身体は……情けないことに、ぺたん、とその場にへたりこんでしまった。

「鐘? 鐘っ?
 どうしたの?」

 袖を引く雛苺の声がどこか遠い。
 見られた、見られた、見られた――!!
 せっかく動き出した頭が、その言葉だけで一杯になる。
 顔が熱くなっているのが、触らないでも感じられる。

 なんなのだろう、このとてつもない羞恥感は。
 らしくない、全くもって氷室鐘らしくない氷室鐘だ。
 今までこんな感覚を味わったことなど、一度も無かったのに……いかん、涙まで出てきた。

「う……っ」

「か、鐘っ!?」

 雛苺は、私が涙ぐむのを見てまず驚き、次に心配そうに覗き込んできた。

「どうしたの、シェロゥに見られたのが悲しいの?!」

「……違うんだ、雛苺。
 そうじゃない、そうじゃないんだ……」

 何がどう違うというのか。
 自分でもよく判っていないまま、私は雛苺を制していた。
 確かに衛宮が原因ではあるが、それが悲しいだけではなくて……。

 ……駄目だ。
 頭を侵す熱が、まともな思考を阻害している。
 まずは落ち着かなければ。

「すぅ……はぁ……」

 ゆっくり息を吸って、吐く。
 目を閉じて涙を止め、強張った腕の力を抜く。
 幸いすぐに涙は止まり、都合4回の深呼吸で、私の中の狂熱は治まった。

「……済まなかった、雛苺。
 もう大丈夫だ」

「本当?
 シェロゥがひどいことしたんじゃないの?」

 流石に、前後の因果関係から見れば、雛苺だってそう考えるか。
 ……今気がついたが、雛苺の『士郎』発音は少し特殊だな。

「ああ、ちょっと驚いてしまっただけだ。
 驚かせて悪かったな」

「んーん、雛苺は平気なのよ」

 軽く頭を撫でてやる。
 雛苺はくすぐったそうに笑って、私のことを見返してくれた。

 ……さて。
 落ち着いたからには、障子の外で待っているであろう衛宮にも声をかけなければなるまい。
 一、二回喉を慣らしてから、なるべく平静を装って話しかける。

「え、えみや?」

 ……なんだ今のものすごく掠れた声は。
 思わず蒲団に頭から突っ伏しかけていると、衛宮のほうから声が返ってきた。

「……え、ええっとだな。
 本当に、済まなかった、氷室。
 セイバーの声が聞こえて、もしかしたらって気が焦ってて、つい……」

 心なしか声が上ずっている。
 どうやらあちらもまだ平常ではないらしい。
 しかしそれはこちらも同じこと、なんと言って返したらいいものか……。

「あ、ああ。
 だがな衛宮、女性の部屋に断りなく入ってくるのは……その、なんだ……」

 ……っ、駄目だ。
 必死に忘れようとしていた羞恥が甦ってくる。
 無理矢理でも切り替えようとしていると、障子の外から再び衛宮の声が。

157 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/10/23(月) 00:27:56


「いや、わかってる。
 あれは全面的に俺が悪かった」

 すまない、と打って変わって真面目な声で謝る衛宮。
 障子越しだが、なんとなく深く頭を下げている姿が想像できた。

「それで、体調はどうだ?
 まだ具合悪かったりしないか?」

 真剣に私のことを気遣っている声。
 先ほどのことを差し引いても、それは私の知る衛宮のそれだった。
 ……どんな時でも衛宮は衛宮、か。
 そう思った瞬間、すとん、と私の中で何か憑き物が落ちた。

「大丈夫だ……と言いたいところだが。
 まだ頭のほうの整理がついていないのでな。
 済まないが、今日も学校は休んで、素直に家に帰ることにする」

 途端に、自然と普段どおりの声で返事を返すことができた。
 まだ若干、照れは残っているが。

「……重ねてすまん。
 そういえば、昨日は勝手にウチに連れて来てたんだった」

「いや、幸い昨日は家に誰も居なかったはずだからな。
 上手く言いつくろえば無断外泊だとはばれないだろう」

 落ち着いたところで、余裕が出来た。
 その余裕で改めて見てみれば、私は未だパジャマを脱ぎかけのまま、突っ立っている恰好だった。
 ……やれやれ、このままでは衛宮に顔も見せられない。
 せっかくだから、会話のかたわら、着替えさせてもらうことにしよう。
 ……いや、自分でも余裕が出来すぎだとは思うが。

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな……っと、そうだ。
 氷室、これからすぐに帰るつもりか?」

「いや……帰る前に、色々と尋ねたい事がある。
 衛宮が登校する頃合までは、話に付き合って欲しいのだが」

 パジャマのボタンを外し、肩から下ろす。
 見た目に反して質はいいのか、猫柄のパジャマはするりと落ちた。

「ああ、判った。
 じゃあさ、せっかくだからウチで朝飯食べていかないか?」

「なんだと?」

 衛宮の提案に、着替えの服を持った両手が止まった。

「ウチは大所帯だから、一人分多く作るくらいは問題ないし。
 話をするのはその後でも間に合うだろ?」

「まあ……確かに……」

 頷きつつも、目の前の服を注視する。
 パジャマは何とか着る事が出来たが、果たして洋服は平気なのか?
 ためしに袖を入れてみる。
 ……ん、袖丈は大丈夫のようだ。

「それに、氷室の家に誰もいないってことは、一人で飯を食べるってことだろ?」

「ああ、そうなるな……」

 問題は胴回りだが……。
 むっ、やはり辛いか。
 だが、せっかく借りた手前、多少の無理は……。

「それじゃ味気ないだろ。
 飯は皆で食べたほうがうまいもんだ。
 そんなわけだから、できれば氷室にも一緒に食べて欲しい。
 ……どうだ?」

「……そうか、では、お願いする……っ」

 ……むむむ。
 服の持ち主には甚だ悪いが、やはりサイズが違うと辛い。
 服に、身体を押し込める、感じだ。

「じゃあ、早速朝飯作ってくるから。
 今頃は、桜が準備してくれてるかもしれないな……?」

「ま、待ってくれ、衛宮っ」

 立ち去ろうとする衛宮を、寸でのところで呼び止める。
 着替えには随分てこずってしまったが、最終的な結論として……


α:なんとか着ることができた。
β:無理だ、着られなかった。

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最終更新:2006年10月23日 04:44