562 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/08/26(土) 20:55:04
弐 遠坂凛しかいない。
「凛の妹だというのかね?」
チャイムを押して応対にでた男の反応は、決して好意的とは呼べなかった。
いや、それどころではない。
魔術師なら誰でも分かるほど、圧倒的な力を迸らせて警戒している。
しかし、桜も姉が聖杯戦争に参加する事ぐらいは予想していたので、無理にでも愛想良く頷いてみせた。
「しかし君は―――」
「姉に取次いで下さい。間桐桜が尋ねてきた、と」
さくら、という発音に、これほど気を遣った経験はなかった。
できる事なら遠坂の姓を名乗りたかったが、桜自身、その資格がない事は重々承知していた。
もうずっと昔に姉妹の縁は切られたのだ。
こうして訪ねる事自体、してはいけないと分かっている。それでも桜は頼りたかった。
身勝手で根拠のない思い込みかもしれなかったが、凛に頼ってみたかったのだ。
「……あがりたまえ。茶ぐらいは出そう」
「あ、ありがとうございます!」
罠だとしたら馬鹿らしすぎると思ったのか。
桜一人などどうにでもなると判断したのか。
とにかく、男は桜を屋敷に迎え入れてくれた。その幸運に、桜は心底感謝した。
「珍しいわね。桜がきてくれるなんて」
この人は大丈夫だろうかと桜は心配した。
もうすぐ学校に行く時間だというのに、凛はいかにも今起きて来たばかりという形相だった。
学校で会うときの優雅な姿は見る影もなく、髪の毛をとかしてすらいない。
昨晩は眠れなかったのか、目の下に隈までつくっている始末だった。
「桜、紹介するわ。こいつがアーチャー。わたしのサーヴァントよ」
「よろしくお願いします。アーチャーさん、ですね」
先ほどの男は無愛想なまま、よろしくともいわず壁際にいた。
一応、紅茶を入れてくれはしたが、基本的に二人の会話に割り込むつもりはないらしい。
凛も桜を待っている。桜は紅茶を一口飲んで喉を潤すと、単刀直入に用件を切り出す事にした。
「そう……、衛宮君がね。分かった。気にかけてはおくわ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「でも、ね。わたしにできるのはそれだけよ。保険にもならないんじゃないと思うけど。
いざというとき、助けられる状況ならわたし自身の状況と相談して助けてあげるかもしれないってだけ。
結局はね、桜、あなたが助けたい人は、あなた自身が助けるしかないんじゃないかしら」
凛の言葉は正しかった。結局のところ、桜自信がやるしかないのである。
しかし、それは始めから分かっていた事だ。
桜が欲しかったのは凛の助力そのものではなく、むしろ形而上の手助けだったのだ。
「はい。それで構いません。
いざというとき遠坂先輩が助けてくれるというだけで、わたしは頑張れると思うんです。
だって遠坂先輩は―――」
わたしの憧れた姉さんですから、と口に出す事まではできず、桜は紅茶を再び口に含んだ。
凛も困ったように視線をそらす。
そのときはそれ以上具体的な会話もなく、しばらくの後、桜は遠坂の家をさった。
「どう思う、アーチャー」
「ふむ、あの娘の事かね。君はずいぶんと気にかけているようだが―――」
「ぶざまね。マスター、貴女達の関係はとても歪で、見ていて痛々しいわ」
「……余計なお世話よ」
アーチャーの言葉を引き継いだのは、虚空から現れたもう一人のアーチャーだった。
凛が召還したサーヴァントは、二人で一つというイレギュラーだったのである。
もっとも、一人はもう一人の付属物的な価値しかないらしいのだが。
「おまけの割りには立派に一人分の魔力を消費するのは効率が悪いわよね」
「でしたら、マスター。いつでも死ねと命令して下さい。
令呪を頂くまでもなく、この身を塵に返しましょう」
「いやよ、そんなの。そっちのアーチャーがそこで怖い目で見てるし、何より」
そんなの気分が悪いじゃない、と魔術師らしくない台詞をいう。
この甘さこそ、凛が凛である所以である。
「まあ、それはともかく、貴女、ちょっと桜についていてくれない?
魔術師を殺したってサーヴァントも気になるし」
「無理よ。私は長時間外をうろつく事はできないわ。
それに、何かあったとき何も役に立たない欠陥品よ」
「……もしかして、戦えないって事?」
「それもありますけど、それ以前に自滅してしまいますから」
凛は思わず頭を抑えた。
凛が学校をさぼると聞いて、桜もそれにならう事にした。
今の彼女には、するべき事が沢山ある。
学校もそれなりに大切だろうが、それで時間を浪費するわけにはいかなかった。
桜が真っ先にすべき事。それは―――。
最終更新:2006年09月13日 03:24