587 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/08/26(土) 23:31:23

参 兄からサーヴァントを取りかえす事だ。

 それは、決して簡単ではない。
桜のサーヴァントは既に慎二の手中にあり、取りかえす為には、どうしても彼の持つ偽臣の書を奪う必要があったからだ。
正直に正面から願って聞き分けてくれる相手なら、桜もこんな苦労はしないのだが。

「と、思ったんですけどね……」

 気分が弾む。まさか都合良くシャワーを浴びていてくれるとは思わなかった。
いざとなったら祖父に肢体を委ねる代償を払っても彼から慎二に命じてもらお
うか、
とまで悲壮な覚悟をしたのはなんだったのか。
いつも困ったものだと思っていた朝帰りがちの行状が、今はこんなにもありがたい。

「またよろしくね、ライダー」
「はい。よろしくお願いします、サクラ」

 女の彼女でもうっとりするほど美しい髪をなびかせる騎乗兵を後ろに連れて、
桜は衛宮邸への道程をスキップしそうな気持ちで歩き出した。



 一方その頃、凛はサーヴァントを連れて街を巡る余裕もなく、魔力を消費した疲れで眠っていた。
一度に通常の倍の負荷がかかっても疲れるだけで済んでる事は彼女の優秀さを示す事柄ではあろうが、
サーヴァントが凛の負担になっている事実は動かない。

「しかし、だからといって君が消滅する必要はないだろう」
「……士郎。その喋り方は嫌いです」

 居間でかわされるやり取りは、素っ気なくも暖かい。
お互いに、相手に冷たくする事も愛情の一種だというかのように、
しかし必要以上には近付かないよう、一定の距離を問ったまま語り合っている。

「君はそういうけどな、私は―――」
「衛宮士郎」
「……わかったよ。これでいいんだろ、カレン」

 できればもう少し冷たく罵って下さい、などとねだりだすカレンに軽くデコピンを食らわせ、
衛宮はもう一度考え込んだ。
凛に辛い思いをさせたくはなく、しかしカレンを切り捨てる事もできるはずがない。
自分の因果な性格と、そのような選択を強いる状況に、
エミヤはため息を吐かずにはいられないのだった。



 夕方、まだ用事があるという雷画と別れて一足先に帰り道についた士郎は、
ふと、冬木大橋の途中で足を止めた。真っ赤だったのだ。
川面も、空も、そして遥かに見える海までも。ありふれたはずの夕焼けなのに、
ドロリと粘性の真紅な色合い。
なぜか街そのものが不吉に憶えてしまって、士郎は一人悪態をついた。

「どうなっちまったんだ。この街は……」

 無論、それに答える者などいるはずもなく、士郎は暗くなる前に家路を急いでいく。



 士郎が家に帰ったとき、桜は妙に上機嫌だった。

「先輩っ! わたししばらくここに住んでいもいいですか?」
「さ、桜?」
「家の許可はもらってきました。先輩さえよければ、しばらくお邪魔させていた
だきたいんですけど」

 突然の話だったが、このような場合に否定するという発想自体、浮かばないのが士郎である。
家の許可さえあるのなら問題ないと、深く考える事もせず頷いてしまった。

「あ、それからっ。これ、先輩にプレゼントです」
「ん、本? 参考書かな」
「お守りですよ。いつも持っていて下さい。いいですか? 約束ですよ?」

 ページをめくっても、外国語なのだろう、どうやら文字らしいと分かる程度の紋様が並ぶだけで、
士郎には理解できそうにない代物だった。
素人が見ても高価そうだと分かるそれをもらってしまうわけにはいかないと士郎は渋ったが、
今日に限ってやたらと積極的な桜に押し切られる形で、結局その書物を受け取ってしまったのである。



 そしてその日の夜、布団の中で瞼を閉じた士郎だったが―――。
壱 眠れない、とパジャマ姿の桜が訪れた。
弐 どこか遠くで轟音が鳴り響いた。
参 近くで女の悲鳴があがった。

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最終更新:2006年09月13日 03:24