624 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/08/27(日) 13:42:45

弐 どこか遠くで轟音が鳴り響いた。

 ―――間桐邸が崩壊した。

 翌日未明のことである。
近所を駆け巡るサイレンに叩き起こされた士郎は、息を切らして知らせにきた藤村組の組員から話を聞いた。
同じように眠そうな目をこすりながら起きてきた桜は呆然と立ち尽くし、
暫くして尋ねてきた大河に付き添われて客間へと連れていかれた。

「それで、慎二……、間桐家の長男は?」
「行方不明だそうです。ですが、昨晩はどうやら自宅で眠っていたのは確かだそうで」

 瓦礫が撤去され次第、行方不明から死亡の二文字に変わる可能性が高いということだった。
そして同じく、桜の祖父だという人物、間桐臓硯も同じであろうと。

「それじゃあ、桜は……」

 疎遠になった今も、士郎にとって慎二は大切な友人だった。
会った事はなかったが、臓硯という人物も友人の祖父ならば親しみを覚えずにはいられない。
その二人が、一度に命を失ったという。
彼でさえこんなに胸を締め付けられる思いならば、桜はいかほどの苦しみに苛まれているのか。

 礼の女性の件といい、今回の間桐邸の件といい、
いくら普段正義の味方を目指していても、こんなとき、できる事など何もなかった。
それを深く実感し、士郎は自分の無力さに泣きたくなった。



 冬木郊外の森の奥深く、アインツベルンの城がある。壮
厳な西洋風の古城であるものの、広大な緑に隠れるように佇んでいるため、
その存在は一般的には知られていなかった。

 豊穣で馥郁たる香りをまとった白ワインを、
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはつまらなそうな瞳で眺めた。

「終わった?」

 彼女の言葉に頷いたのは、士郎によく似たサーヴァントだった。
エミヤではない。士郎に、である。

 男はお世辞にも強そうな印象を与える者ではない。
迸る魔力はサーヴァントにしては矮小すぎたし、体捌きもそれほど得意とするようには見えなかった。
それでも、誰が知ろう。
この男こそ、今回の聖杯戦争で間違いなく最強の一角を占めるサーヴァントなのである。

「ご苦労さま、アサシン。臓硯は?」
「抜かりはないさ。あの概念武装のおかげだ。凄いな、あれは」

 満足そうに頷く己がサーヴァントを、イリヤは複雑そうな表情で眺めている。
傍らに控えるメイド達も、何か言いたげな表情のまま沈黙していた。

 臓硯の事は当たり前だ。
いかに歳を経たマキリ最強の魔術師といえど、その正体さえ分かればなんという事はない。
かのエクスカリバーの鞘さえ手に入れたアインツベルンの力を持ってすれば、
天敵となる神秘などダース単位で用意できる。

 問題は、今やそのアインツベルンさえこのサーヴァントの手中にある事である。

 アサシンはアインツベルンの行なった儀式に無理矢理割り込んで召還された。
聖杯戦争を知り尽くした一族がサポートした最高のマスターの召喚儀式。
その場に無理矢理割り込むなど、イリヤであっても、どれほどの力が必要かさえ想像できない奇跡だった。

 それは、まるで聖杯のおこした奇跡のような。

「マスター、例の物は?」
「準備できてるわ。……セラ」

 セラと呼ばれた女性が差し出した物は、どこにでもある携帯電話である。
そのアドレス帳にはただ一つ、別の携帯電話の番号が登録されていた。

「コール十回で起動します。カウント時間は1800秒。
万が一リセットする場合は、その間に五回コールして下さい」
「ああ、ありがとう」
「そんなに物騒な物まで用意するなんて、本当に臆病者なのね」
「俺だってなるべくなら、使わずに済ませたいさ」

 使ってもらっては困る、とイリヤは苦々しくため息をついた。
あれほど焦がれた聖杯戦争は既に亡い。
今はただ、このサーヴァントの行動を見届けることしかできなかった。
何度自害させてしまおうかと思った事か。

「何度も言うけど、わたし、あなたの事が大嫌いよ」

 アサシンは何も言い返さず、寂しそうな微笑みを浮かべていた。


625 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/08/27(日) 13:44:10

 午後になっても、桜は部屋からでてこなかった。
士郎は心配して大河に様子を見てもらったものの、その報告は芳しくなかった。

「士郎。桜ちゃんね、多分今とってもショックを受けてるんだと思う。
ずっと何も言わずじっとしてたと思ったら、突然嬉しそうに笑い出したりね。
正直に言うと、士郎が慰めようと思っても、ちょっと手に余るかもしれないぐらい」
「そうか。仕方、ないのかな……」

 桜は肉親を二人も失って、帰る家まで消えてしまった。
士郎も大河も、大切な人をひとり失ったあのとき、どれほどショックを受けたか分からない。
妹のように大切にしていた少女の心を慰める術は、今の士郎には思い付かなかった。

「だけど、これだけはいっておく。
桜ちゃんがいま、一番頼りたいと思ってるのはね、士郎、あなたなの」
「……俺?」
「これ以上は教えてあげないわ。
桜ちゃんに怒られちゃうし、何より士郎が自分で考えなきゃいけない事だもの。
さあ、ほら、いきなさい。
たとえ二人で落ち込んでても、一人っきりよりはずっとましでしょ?」

 そっと背中を押してくれた大河に礼をいって、士郎は桜の部屋をノックした。



 立て続けに大きな事件が起こった為だろう。
夜の冬木は、普段よりずっと張り詰めていた。
人通りが少なく警官の姿は多く、所々パトカーの走る姿が人目を引いた。
一歩路地裏にはいれば、今度はその道の男達が油断なく目を光らせている。
雷画の意志により、藤村組の面子をかけた動員が行われているのだった。

「これでは無理ね。いちいち魔術でも使わなきゃ、他のサーヴァントを探すなんてできそうにないわ」
「可愛そうね、マスター。張り切っていたのが台無し?」
「……ずいぶん楽しそうね。なに? 人の不幸は蜜の味って奴?」
「まさか。私はこれでも神に仕える聖職者ですよ」

 いかにも、という風に胸元で手を組むカレンを胡散臭げに見遣りながら、しかし凛は悩んでいた。
こうなってしまっては、自ら堂々と探索に出るというのは難しそうだ。
それならば、いっそ―――。

壱 アーチャーに偵察をさせるべきだ。
弐 しばらく篭城してみよう。
参 間桐邸跡に張り込むか。
四 言峰に文句をいって仕事をさせよう。
伍 桜が心配だ。連絡を取りたい。

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最終更新:2006年09月13日 03:24