664 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/08/28(月) 18:25:17

四 言峰に文句をいって仕事をさせよう。

「凛。いくら監督役といえど、物事には限界というものがある」

 結論からいうと、言峰綺礼は役立たずだった。

「なにも完璧に揉み消しなさいって言ってんじゃないでしょ。
せめて聖杯戦争に支障がないようにできないの?」
「支障があるのか?」

 受話器越しに聞く綺礼の声は、いつにも増して凛の精神をささくれだたせる。

「あるに決まってるでしょ。町中警官とヤクザだらけじゃない。
職務質問の嵐をかいくぐって戦うなんて無茶苦茶よ」
「できる事はしている。事件から魔術的な痕跡は除いておいた。
マスコミもほとんど騒いでないだろう。だがな、凛。
聖杯戦争は未だ始まってすらいないのだ。
この時期、私に与えられた権限ではこれ以上無茶をする訳にもいかん」
「なによ。例の最後の一人って奴、まだ呼び出してないの?」
「明日にはこの街につくそうだ。召喚はそれからになりそうだな」

 つまり、開戦は明日以降という事か。
凛は頭の中で、誰とも知らぬ誰かに悪態をついた。
顔も知らないのろまな魔術師のせいで、気合いを入れて臨んだ最初の夜が無為に流れてしまった、と。

 用件さえすめば、それ以上言峰の声を聞いているのは不快に過ぎた。
凛はさよなら、ともいわずに受話器をおき、隣で伺っていたサーヴァント達に視線を向ける。

「……だってさ」
「では仕方がありませんね。明日になったらマシになるというのでしたら、それまで待つべきでしょう」
「私も同感だ。それとも、凛。君には何か特別な理由があるのかね?」
「そんなのないわよ。ないけど……、悔しいじゃない。ずっと待ってた聖杯戦争のしょっぱながこれじゃ」

 つい、とそっぽを向く凛の様子に、エミヤとカレンは顔を見合わせた。

「せっかちなのね、マスター。ひと休みして落ち着きなさい。
アーチャー、紅茶でもいれてちょうだい」
「了解した。凛、お茶請けはクッキーでいいかね」
「ええ、お願い」

 キッチンへと向かう背中を見送ってから、カレンは再び口を開いた。

「それで、さっきの人だけど」
「カレン?」
「電話してた相手はどんな人なのですか? ずいぶん親しそうでしたけど」
「冗談じゃないわ。あいつはね、綺礼っていって、単なる腐れ縁の兄弟子よ」
「……綺礼?」
「ええ、言峰綺礼。すっごく嫌な性格の似非神父なの」
「…………そう」
「なに、気になるの? まさかああいうのがタイプだったり」
「まさか」

 カレンと名乗った、クラスに所属すらしない自称サーバントの付属品は、急に不機嫌になって視線をそらせた。

「ま、いっか。それより……、
ねえ、わたしとしてはアーチャーの真名の方が気になるんだけど」
「いったでしょう。私から教えるわけにはいかないと。知りたければ彼に令呪でも使いなさい」
「それこそ冗談。たった3つしかない貴重品なのに」
「そう。思ったより冷静で安心したわ」

 頷いて、カレンはエミヤの手伝いをすると言ってキッチンへ消えていった。
独特の、明らかにスカートという存在が欠けた衣装を翻して。


665 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/08/28(月) 18:26:16

 いつだって、時間は常に流れていく。悲しいときでも、寂しいときでも、辛いときでも。そして、人生の絶頂と思えるほど幸福なときでも。

「じゃあな。俺は朝食の準備してくるから、いい子にしてるんだぞ、桜」
「はい、先輩」

 士郎は昨夜、桜の泊まった客まで一晩をすごした。
といっても、それほど色気のある話ではない。
単に桜と同じベッドで添い寝をしただけで、士郎は若く健康な男でありながら、
自分に想いをよせる美しい少女に対して口付けの一つもする事がなかったのだ。
しかし、桜にとって、それは十分すぎるほど幸せな出来事だった。

「―――サクラ、宜しいですか?」
「ライダー? だめよ、あなたは先輩についていてくれなくちゃ」
「この家にいる限り彼の身は安全でしょう。
それに偽臣の書は、昨日から彼の部屋に置きっぱなしにされたままですし」
「……もうっ、先輩ったら」
「そんなことより、サクラ、私はあなたの体の方が心配です。本当に大丈夫なのですか?
あれほど急激な変化をうけて、何も悪影響がないとは信じがたい」
「ううん、大丈夫。体も軽いし、気分もいいし。
あんなに足りなかった魔力が今は溢れるほどあるし、わたしの身体を虐める蟲だって全部消えちゃったんだよ?」

 本当に、お爺さまは亡くなったんだね、と桜は未だ信じきれてない様子で呟いた。

「もう今日からは間桐の家に帰らなくてもいいし、お爺さまの呼び出しに怯える事もない。
兄さんに暴力振るわれる心配もないし、無理矢理押し倒されなくてもいいんだよね。
地下で蟲にたかられなくても、全裸にされて体中齧られなくても、朝までずっと犯さ続けなくてもいいなんて、わたし……」

 間桐の消滅という事はすなわちマキリの消滅であり、それは桜にとって解放そのものを意味していた。

「ライダー、わたし、悪い子だよね。喜んでるんだよ。家族が二人も死んだのに。
兄さんだって、昔は決して悪い人じゃなかった。
お爺さまだってああ見えて何度か優しいときもあった。
それでも、わたし、こんなにも嬉しいの。
これからは夜が怖くないってだけで、先輩がずっとこの家で暮らしていいよっていってくれただけで、
何の心配もせず明日を迎えられるってだけで、嬉しくて、嬉しくて……」
「サクラ……」

 恐らく、気持ちの整理が付いていないのだろう。
喜んでいるといいながら悲しそうに涙を流す桜に対し、ライダーは優しく語りかけた。

「泣きなさい。そして好きなだけ笑いなさい。私でもいい。
あの、エミヤシロウという男でもいいでしょう。
サクラ、あなたはもっと想いを人に打ち明ける練習をすべきです」



 午後、さすがに家に閉じこもってばかりでは心身によくないというので、
士郎は桜を連れて外出した。夕飯の買い物をかねて、のんびり散歩をしようというのである。

「いい天気ですね、先輩」

 落ち着いてきたのか。手を繋いで歩く桜にかげりは見えない。
士郎は少し安心し、そして行き先について思いを巡らした。

壱 この際だ。新都まで足を伸ばしてみよう。
弐 いつも通りでいいじゃないか。商店街に買い物に行こう。
参 ひらめいた。夜はレストランを予約してデートだ、デート。

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最終更新:2006年09月13日 03:24