659 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/12/14(木) 23:46:27


 柳洞寺に着いた俺は、早速葛木夫妻の部屋に案内された。
 以前、合宿の時に零観さんに教えられた、西側の一番奥のはなれだ。
 葛木先生はまだ帰ってきていないらしく、姿が見えない。
 ま、当然だろう。授業が終わってすぐに下校する帰宅部の俺とは違って、教師や部活動に所属する生徒はまだ学校に残っているはずなのだから。
 ……たまに俺より先に帰宅している虎に、若干心当たりがあるのは置いとこう。

「で、なんだよ話って。
 こうして改まってする以上、まさか料理について教えてほしいわけじゃないんだろ?」

 出されたお茶を一口飲んでから、俺は早速切り出した。
 盆をはさんで対面には、急須を傾けて茶を淹れているキャスター。
 ……ううむ、俺の人生の中で、まさかキャスターが手ずから入れたお茶を飲む機会があるとは思いもしなかった。
 葛木先生となら、一成と三人で茶を飲んだこともあるのだが。
 そんなことを考えていると、キャスターが自慢げに胸を張って言った。

「ご心配なく。あれから修行の甲斐あって、宗一郎さまにも認められるようになったんだから」

「そりゃ、葛木先生は何があっても大抵のことは認めてくれるだろうけどさ」

 というか、あの人がキャスター相手に「そうか」以外の返答をする姿は思いつかない。
 葛木先生は嘘をつく人ではないが、無闇に不平不満を口にする人でもないだろう。
 つまり、キャスターにとって――

「アンタにとっての鬼門は、むしろ一成だろ。
 どうなんだその辺。ちゃんと一成を唸らせるようなものが作れたのか?」

「う……」

 やっぱりな。もう一度お茶を啜る。
 言葉に詰まるところを見ると、どうやらまだまだといったところか。

「まだ腕は上達してないのか?
 料理をとにかく派手に見せようとするのは、そろそろやめたほうがいいと思うぞ。
 赤とか黄色とか紫とか」

「ふふふ、言ってくれるわねボウヤ。
 今すぐそのお茶が飲めない身体にしてあげましょうか?」

「いや……すまん、勘弁してくれ」

 キャスターの本気具合を察してすぐさま態度を低くする俺。
 そこ、卑屈だとか言うな。
 本気になったらこの奥様は他人を猫に変化させるくらいは平気でやりかねない。
 そして恐ろしいことに、キャスターは冗談を口にしない人なのだ。

「まあ、それはまたいずれ、いつかの機会にするとして……」

 あくまで撤回じゃなくて保留なんですか。
 俺の内心の怯えを知ってか知らずか、キャスターは湯飲みを置きつつ言葉を続けた。

「本題に入りましょう。
 電話でも言ったと思うけれど……坊やが厄介な契約に巻き込まれてる、って話」

660 名前: 371@銀剣物語 ◆snlkrGmRkg [sage] 投稿日: 2006/12/14(木) 23:47:24


 ……来たか。
 俺はさらに一口、お茶を口に含む。

「ああ、それは……説明すると長くなるんだけど……」

「必要ないわ」

「ぶふっ」

 危うくお茶を喉に詰まらせかけた。
 キャスターは一言で、俺の思考努力をばっさり切って捨てた。
 なんとかお茶を嚥下して、尋ねる。

「げほっ……なんでさ?」

「知るべきことは知っているもの。
 私にとって重要なのは、物事の構造と本質よ。
 坊やが事の顛末を話してくれたところで、それは私にとってなんの意味も持たないわ」

 ……キャスターにとって大事なのはストーリーじゃなくてシステム、ということなのだろうか。
 しかし、そうすると……。

「じゃあ、アンタはもう知っているのか。
 この、『アリスゲーム』のカラクリを」

「この地で起こっている事象で、私にわからないことなどないわ」

 自信満々に言い切るキャスター。
 料理の話のときとはえらい違いだ。

「じゃあ……」

「けれど、話をする前に言っておくわ」

 身を乗り出した俺を、キャスターが片手で制した。

「私はこの寺に危害が及ばないのなら何もするつもりはないの。
 今回の件は、それこそ干渉しなければなにも問題はない事象よ。
 坊やがどう考えてどう動こうと、私には関係ないわ」

 それは、以前にも聞いた話だった。
 キャスターは、自分と葛木先生の生活が守れればあとは割とどうでもいい、という考えの持ち主だ。
 葛木先生が是と言えば絶対にそれに従うが、それ以外のことには冷酷といえるほどの取捨選択を行なう。

「その上で、私が坊やに話をするのは、昨日のアルバイトで助けられたからに過ぎない。
 そして、その程度の借りではこれ以上の話は到底教えてあげられない。
 ここまでは判る?」

「……ああ」

 キャスターは遠坂ですら及ばないほどの生粋の魔術師だ。
 魔術師の原則は等価交換。
 神言を操り、傍目から見れば奇跡を起こしているように見えるキャスターですら、それは例外ではない。いや、そんなキャスターだからこそ、それは絶対の法則なのだ。

「だから、一つだけ。
 坊やの質問に一つだけ答えてあげるわ。
 それで昨日の借りは帳消しよ」

「……一つだけ?」

 意外な提案に軽く驚く。
 俺はてっきり、一生丁稚として奉公しろ、とか言われるのかと。

「これでも自己嫌悪で死にそうなのよ。
 たかがアルバイトでこんなことを話すなんて。
 本当に、等価交換と呼ぶのも馬鹿馬鹿しい」

 キャスターのほうもそれは理解しているのか、なにやら難しい顔をしている。
 一体どんな気まぐれなのだろうか。
 だが、せっかくのチャンスだ、コレを逃す手はないだろう。
 俺はすぐさま脳を回転させて、一番尋ねたかった事柄を口にした。


α:柳洞寺に薔薇乙女《ローゼンメイデン》は居るのか?
β:新都に居るという薔薇乙女《ローゼンメイデン》を知ってるか?
γ:『アリスゲーム』について、キャスターはどう思っている?

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最終更新:2006年12月15日 01:24