807 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/08/30(水) 19:56:43
四 円蔵山まで足を伸ばす。
落ち着いてよく考えてみると、冬木で怪しい場所は限られている。
円蔵山というのは、その最たるものの一つではなかろうか。
ランサーの行方は気になるし、桜の事も心配だけど、まずはあの場所を探ってみて損はない。
遠坂凛はそう計算し、早速タクシーを拾おうとしてやっぱりやめた。
決して財布の中身と相談したわけでは亡く、単に見回りも兼ねて歩きたかったからである。
と、彼女は主張してる。
「カレン、体の方は大丈夫かね? もし辛いなら、無理せず家で休んでいた方がいい」
「あら、心配してくれるの? でも平気よ。サーヴァントになって多少は頑丈になったようですから」
カレンの言葉を聞いても渋るアーチャーを凛が嗜め、一行は深夜の街を歩き出した。
道中、カレンが凛をつついて遊ぶのを、アーチャーは目を細めて見守っている。
なにか、今はもう思い出せない大切な記憶を反芻しているように。
士郎が土蔵の扉を開けたとき、床がぼんやり光っているのに気がついた。
見覚えのない紋様が、床の一部に描かれている。
「ライダー、これは?」
「魔法陣です。詳しくは分かりませんが召喚用のものでしょう。
つまり、恐らくはこれこそが私達を呼び寄せるための―――」
「ええ。それは先輩のお父様が残したサーヴァント召喚の陣です」
「……サクラ」
続いて土蔵にやってきた桜とルヴィアゼリッタ。
二人は魔術師として、今後の行動について話し合う事を欲していた。
「桜、親父が用意したって?」
「はい。先輩のお父様、切嗣さんは、その筋ではちょっと知られた凄腕魔術師だったんです。
その腕を買われて名門に婿入りし、聖杯戦争に参加する為に冬木にやってきたって聞きました」
桜が衛宮家に入り浸る事を許されたのも、
そんな「衛宮の後継者」である士郎を調査するという名目を手に入れる事ができたからだった。
実際には士郎は魔術の魔の字も知らなかったわけだが、そんな事は虚偽をまぜればどうにかなった。
士郎が魔術に長けてる可能性があるという証拠を得る為に、屋敷中隈無く捜しまわった事もあったという。
この魔法陣も、そんなおりに見つけたものの一つである。
「でも、切嗣が魔術師だったのなら、俺にはなんで何も……」
「魔術師だったからこそ、子供には魔術と関係なく暮らしてもらいたかったのでしょうね。
明らかに魔術師失格ですが、私もそうだからこそ共感できる考えなのは確かですわ」
ルヴィアゼリッタに説明され、士郎は複雑な気持ちで黙り込んだ。
士郎は切嗣に、ありもしない神秘に頼るなと教え込まれていた。
ありもしない神秘。それはただの方便か。
いや、もしかしたらそれこそ、優れた魔術師だったからこそ実感していた真理だったのかもしれない。
今となっては、確かめる術などないだろうが。
「……それはそうと、確かにこれならサーヴァントをすぐに召還できますわね」
ルヴィアゼリッタはそういって、魔法陣の構造を調べている。
既に起動寸前まで準備が進んだ、否、何らかのはずみで暴発しかねないほど整った環境がそこにある。
跡は触媒をセットして、術者の魔力を流し込むだけで終わりだろう。
ランサーに襲われ一刻も早く召喚を済ませたかったルヴィアゼリッタには、これ以上ない絶好の条件だった。
「いいですか? ルヴィアゼリッタさん。
わたし達がこの場所を、召喚に適した環境を提供します。ですからルヴィアゼリッタさんはどうか―――」
「ええ、心得ておりますわ。サクラ、ミスタ・エミヤ。
時が来るまであなた達と協力し、ともに戦うと誓いましょう。エーデルフェルトの名誉にかけて」
二人の間で契約が成立し、かたく握手が交わされた。
それを見守る士郎とライダーも、穏やかな瞳で眺めている。
今この場において、新たなる同盟が誕生した。
808 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/08/30(水) 19:58:27
朗々と唱え上げられる歌声。舞い上がるオドと降り注ぐマナ。
詠唱のせせらぎが床にしみ入り、魔法陣の力をルヴィアゼリッタの求めるように収束させていく。
「先輩。これを、その中心に」
「おう」
タイミングを見計らって桜が指示し、士郎の手により触媒が用意されている。
ライダーによりホテルから回収された、古代より伝わる聖なるヤドリギの欠片である。
魔力の高まりが最高潮に達したとき、触媒が魔法陣の中心に設置されるその寸前、
士郎の指が魔法陣のふちに少し触れた。
本当にささやかな、本人でさえ気付かなかったその行為。
それが、結果を大きくかえる事になると知る者は、この場に一人もいなかった。
「……きたっ。きますわよ!」
膨大な魔力が荒れ狂い、渦を巻いて集っていく。その中心に人影が見える。
圧倒的な威圧感。存在そのものが人間以上。
まるで獅子のような竜のような、黄金の気配をもつ何ものかがそこにいる。
「ライダー、念の為かまえてて」
「ええ。もちろんです」
そしてついにその時がくる。
夜空から星が一つ、白百合に誘われて降ってきたのか。
神話の欠片は降臨し、可憐すぎる外見に似合わぬ威厳を持ってその口を開いた。
「サーヴァント、セイバー。召喚に従い参上した。早速だがマスターはどなただろうか」
「……私ですわ。ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。エーデルフェルトを率いる天秤の魔術師です」
右手の甲に浮き出た令呪をかかげ、誇らしげに歓迎するルヴィアゼリッタ。
最強のクラスであるセイバーは、その名に恥じぬ気高き様をもって頷いた。
「確かに確認した。あなたをマスターと認め契約を完了する。
それでは、よろしくお願いします、マスター」
「ええ、こちらこそお願いしますわ。セイバー」
それで、とセイバーはこちらを視線で示し説明を求めた。
士郎とも一度目が合って、彼はその底知れぬ蒼さに驚いてしまう。
「セイバー、この方達は仲間ですわ。
私達、しばらく同盟を結ぶ事にいたしましたの。いかがです?」
「いえ、問題ありません。見た所マスターは優れた魔術師のようだ。
そのあなたがそう判断したのであれば、ひとまずそれに従うのが望ましい」
セイバーは素直に従うが、ライダーから警戒を外さない。
それはライダーも同じようで、サーヴァント同士打ち解ける事は難しそうだ。
「ゲイ――――――」
その時である。はじめに気付いたのはセイバーだった。
とっさにルヴィアゼリッタを抱きかかえ、土蔵の外へと脱出した。
一瞬の間もおかずライダーもそれに追従する。桜と士郎を腕に抱いて。
「―――――――――ボルク」
例えるならそれは終末の炎。巨人の鉄槌。雷の爆発。
飛来した赤い槍は目視すらできず、冗談じみた威力で突き刺さる。
頑丈な土蔵がひとたまりもなく砕け散り、地面すら抉ってクレーターを形成した。
「よう。また会ったな」
そんな暴力すら挨拶代わりの遊びなのか。どこからか降ってくる声は陽気ですらある。
土ぼこりを吹き飛ばして魔槍の隣に着地したのは、青く猛々しい一匹の獣だった。
「あ、あなたは……、ランサー!」
「おう、お嬢ちゃんやっと召喚したな。
いい加減こっちも待ちくたびれたんでね、一つ存分に暴れさせてもらうぜ」
くるくると槍を弄び、ランサーはセイバーに目を向ける。
なんとも楽しそうに、嬉しそうに。
そんなランサーから目を離さず、セイバーは腕の中のマスターに聞いた。
「あれは敵でよろしいですね」
「もちろんですわっ。セイバー、私の分までとっちめて下さらない!?」
猛るルヴィアゼリッタに頷いて、セイバーは彼女を地面に下ろした。
「了解した。ランサーだな。
残念だがマスターの命により、貴様にはここで倒れてもらおう」
「はっ、大きくでたじゃないか!」
燃え上がる土蔵の残骸をバックに、ランサーの顔面に喜色が輝く。
ルヴィアゼリッタの魔力を受けて圧倒的に吹き荒れるセイバーの力に、恐怖するどころか喜んでいる。
「おう、ライダー。いいか? 邪魔するんじゃねえぜ。
いや、俺は二対一でもかまわないけどよ」
ランサーはライダーの方に視線をやり、不適に笑って目を輝かせ、
「―――おまえら、後悔するぜ?」
心底本気でいってのけた。
最終更新:2006年09月13日 03:25