821 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/08/30(水) 23:11:48

弐 参戦させない。

 激突が激突を呼んでいる。火花が次々と弾け飛ぶ。庭は既に原型を失い、世界は轟音に震えていた。青い猛犬と金の赤竜。惑星よ、歓喜せよ。これは神々の時代の戦いである。

 セイバーの右手はちぎれている。金の髪はほどけてなびき、銀の鎧はとうに壊れた。

 ランサーの左腕は切断された。脇腹は裂けて血に染まり、動くたびに血しぶきを上げる。

 それでも、二人とも心底楽しそうだった。両者の体に無傷な箇所などない。それが、楽しい。限界を振り絞っても相手はその一歩先をいく。まるでそれは二重の螺旋。二人が二人、お互いを強者と認めて挑み続ける。

 聖剣を覆う風王結界は吹き飛ばされた。魔槍は刃こぼれが酷く目立つ。それが、嬉しい。なんと喜ぶべき戦いだろうか。これほどの強敵。これだけの死闘。ここまでの窮地。そしてここまで沸き立つ熱い血潮。

 なんと素晴らしき聖杯の奇跡か。ランサーは歓喜の咆哮を上げる。セイバーは唇を釣り上げる。守るべき主も、渇望した願いも、生前のしがらみも、この素晴らしき舞台では全て忘れた。

 ランサーが低空を駆け抜けた。強靭な足でセイバーに肉薄。瞬きする間に五月雨を撃ち、その全ては急所を完璧に捕らえる。その一瞬、セイバーは己が魔力を爆発させ、尽く剣撃ではじき返す。

 幾千の死線を超えたのか。幾万の火花を散らしたか。その一つ一つが最高の一瞬だった。一撃一撃が直球の必殺。気を抜けば即ちその場で死、押し負ければ直ぐさまそこで終わり。骨を断たせても肉を断ちたい。そう思わせる好敵手だった。

 セイバーが咆哮とともに上段に構える。その姿、性、なんと傲慢。なんたる威容。彼のもの、王の中の王にして騎士の中の騎士である。ただ振り下ろす一撃が、ランサーを大地ごと押しつぶす。地面の中で竜が暴れるような激動の中、それでもランサーは耐えきった。剛剣を地面に流し涼しく笑う。それもそのはず。彼こそアイルランドの光の御子、最も多く捕虜の首を切り落とした至高の勇者なのだから。

 再び、金と青が激突する。その度に火花から恒星が生まれ、夜風は爆音の讃歌を叫び続ける。飛び散る大地。焼けこげる大空。大自然よ、刮目せよ。人を超え英雄を超え英霊を超え、ただの戦士となった二人がここにいる。



 それは、手出しなどできない戦いだった。ただ圧倒され、傍観する事しか許されない。同じサーヴァントのライダーでさえ、三人を余波から守りながらではセイバーの援護もできそうにない。

「すごいな……」

 小さな子供が打ち上げ花火に圧倒されるように、ただただ見入る衛宮士郎。

「ルヴィアゼリッタさん……、なんて英霊を呼び出したんですか……?」

 畏怖に震えた声で桜は聞いた。聞かずにはいられなかった。目の前で行われている戦いは、あまりにも現実から乖離しすぎている。せめて正体を知ればこの恐怖も和らいでくれるのか。

「……分かりませんわ」
「そんな……」

 しかしあまりにも無情な答え。それもそのはず、ルヴィアゼリッタにさえ予想外だったのだから。そもそも、彼女が用意した木片であれば、召還されるのは剣士などではなく———。

「言い伝えによれは、あれは至高のドルイドに縁あるものと」
「あのセイバーが、お坊さんなのか?」

 士郎の視線の先には、至近距離から全身のバネを使ったランサーの頭突きを、強烈な肘鉄で相打つセイバーがいた。聖職者には絶対に見えない。

「あるいは、その人に縁のある方かもしれません。ま、どなたでもかまいませんわ。あんなに強いサーヴァントなのですから」

 跡は彼女の働きに私がどれだけ見合えるかどうかでしょう、とルヴィアゼリッタは楽観して、更なる魔力を供給する。その剛胆さと大胆さに、士郎と桜も顔を見合わせるだけだった。

822 名前: Double/stay night ◆SCJtHti/Fs 投稿日: 2006/08/30(水) 23:12:59

「……やるじゃないか」
「……あなたこそ」

 ボロボロなんて表現が生易しいほどの惨状になりながら、それでも二人は止まろうとしない。お互いを讃えあおうとも闘志は決して消えないのだ。

「見ろ、もうすぐ日も昇っちまう。このままじゃいつまでたっても決着が付かないってのにな。そこでどうだ、セイバー」
「なるほど、いいだろう。次の一撃か」

 頷き、そして両者必殺の構えをとる。意味するものは宝具の解放。英霊の力の神髄たる、正真正銘の奥の手である。

「お待ちなさい! 令呪を使いますわセイバー!」
「必要ありません、マスター」
「なっ———!?」

 ここぞというとき絶対的な力を発揮できる令呪の使用を拒否するのは、ルヴィアゼリッタの予想を超えていた。

「遠慮するな。使えよ」
「お気遣いなく。犬を躾けるのに虎用の鞭は無用です」
「はっ、いっとけ。どうせ俺が勝つのは分かってるんだ。せめて少しは強くなってもらわないと弱い者いじめで格好悪いだろ」
「ほう———。よくいった。ならば遠慮なく使わせていただきましょう。マスター!」

 ルヴィアゼリッタの令呪の一画が爆ぜ、光を放ちながら消えていいた。その瞬間、ただでさえ凄まじかったセイバーの発する迫力が、さらに倍する勢いで増加していく。

「覚悟はいいですか、ランサー」
「おう。おまえもな」

 セイバーも頷き、剣を構える。どちらが勝とうと、楽しい時間は終わってしまう。そんな微かな寂しさの後、凍り付くような殺意が充満した。

 両者、一歩も動かず、一指も動かさない。時間の流れが止まったような、静寂。ピリッと張り詰めた空気の中、最初に動いたのはランサーだった。

「ゲイ——————」
「エクス——————」

 紫に染まる大空へ飛翔するランサー。存分に耕された大地を踏み締めるセイバー。ランサーは踊るようにバネを引き絞り、セイバーは光を振りかぶって月を狙う。

「—————————カリバー!」
「—————————ボルク!」

 荒れ狂う光の流れ。唸りを上げる真紅の魔槍。極限まで研ぎすまされた二つの力は相反しながらも激突し、光が槍を飲み込んだ。

 全身に光を受けながら、ランサーのサーヴァントは消滅した。あっけないほどの一瞬だった。この時代に彼が何を望み、そして何を手に入れたのかは分からない。それを知る機会は、永遠に失われてしまったから。

 ———だが、紅の勢いは止まってはいない。

 聖権の放った光をかき分け、そのせめぎ合いに自らも溶け細りながら、それでもゲイ・ボルクは止まらなかった。セイバーの直感すら超えた最後のあがき。理も宇も捨てた男の意地。その軌道は完全に心臓を捕らえ、セイバーの胸元を貫いた。

 ———それは、どんな幸運か悪運か。

 槍は微かに心臓をそれ、セイバーは重症ながらも生き延びた。いかにサーヴァントといえ、無視できるはずがない重症だった。腕も全身の切り傷もなんとかなる。しかしその胸の傷は、極上の呪が染み込んでいるのだった。



 ようやく、遠坂凛が円蔵山のふもとに辿り着いたとき、時刻は午前三時をまわっていた。柳洞寺の朝は早いという。もうしばらくして空が白めば、修行僧達は起き出してくるのだろうか。

「時間がないわね。手っ取り早く調べるわよ」
「……その必要はありません」

 石段に足をかけようとした凛を、後ろからカレンが制止した。視線が示すのは遥かな山門。一体何があったのか。あそこに何者かがいるというのか。いつの間にかカレンは顔面蒼白で、胸を必死に押さえている。

「どうしたのよ? 具合が悪いの?」
「まさか、カレン……」
「……ええ、最低。ねえ、アーチャー、憶えてる? あなたを殺した死神を」
「まさか。この上に、奴が?」

 カレンは苦しそうにしながら頷いて、脂汗を流しながら退却を提案した。確かに、エミヤは一度破れている。しかしサーヴァント同士の勝負なら、そうそう簡単に負けない自信もあった。道は二つ、戦うか、逃げるか。エミヤは凛の顔を伺い、彼に判断をまかされているのを知った。ならば———。

壱 戦う
弐 逃げる

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最終更新:2006年09月14日 16:12