508 :くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ:2007/03/05(月) 23:16:34
深く澄んだ闇夜を柔らかな月光が照らしている。
武家屋敷風の木造建物にて月見をする男と少年が居た。
すすきは飾られておらず、口を慰める団子も無く、
されど御酒はしっかりとトックリに溜めてある。
時季ゆえ仲秋の名月とはいかないが二人は風情を噛み締めていた。
言葉は無かった。少年の感性が告げているのだ。
会話の始まりが終わりの始まりであると。
男を見やると疲労の色が濃い。
過去に視た背中は小さく見えて一抹の悲しみが込み上げてくる。
朗らかに笑って自分に親愛を与え続けてきた巨人はいまや等身大の人間であった。
昔は家に寄り付かなかった義父が留まるのは己のため。
親交のあった藤村家や過去の知人ではなく、闘争を続けてきた仇敵でもなく、
最期の間際に自分を選んでくれた事を誇りに思っていた。
「士郎、僕は正義の味方だったんだ。
でもそれも今日でおしまい。魔法も時間切れが来てしまった」
「そっか。じゃあ今日からずっと一緒だな」
「ゴメン、士郎。ずっとは無理だ」
男はトックリに手を伸ばし御猪口へ透明な液体を流し込む。
しばらくは静寂が夜を包んでいたが酒の力を借りて男は言葉を吐き出す。
510 :くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ:2007/03/05(月) 23:18:28
「本当にロクでもないものだ、正義の味方なんて。
悪徳に屈した外道は強く、悪そのものはそれを上回る強さだった。
何度も辞めようとしたんだよ?
だけど止まれなかった。走り出した足は崖っぷちへ一直線」
「だけど帰ってきてくれたじゃないか」
「そうだね。士郎が居てくれたおかげだ。
……士郎、正義の味方になんて絶対になっちゃいけない。
僕みたいになっちゃだめだ」
力強く願う声に確かな意思を感じて士郎と呼ばれた少年は義父を見つめる。
家事が出来ない父であった。
だらしなく一緒に日向ぼっこするのが好きだった。
助けを求める誰かの前で面倒、眠いなどと愚痴をこぼすのに
やっていた事は正反対の父であった。
士郎はそんな姿を尊敬していた。
自称、正義の味方であった父は、全てを失った自分に与えてくれたのだ。
未来を、優しい家族を、暖かい家を、なにより生きる理由を。
叶うならこの物静かな巨人のようになりたかった。
今までにも切嗣みたいな大人になると言った事はある。
その時は曖昧な笑みを浮かべて何も言わなかった。
やめて欲しいと告げられて戸惑う。何故なのか。
511 :くとぅるふクロス ◆69.0kY8lhQ:2007/03/05(月) 23:20:25
「士郎は幸せになってくれないかな?
じゃないと安心して天国にも行けない」
「そんな所行かなくていい。ずっと此処に居ればいい」
少年は義父の服の袖を掴み懇願する。
過去に数多、人々の命の絶える光景を見てきた。
故にわかる、もう時間が無いのだと。
助けを願う屍同然の人を見捨てて歩いた自分は救われた。
自分は色んな人を見捨てて助けられたのだと義父に話せば、
『それは自分の足で歩いて生きるのを諦めなかったからだよ』
と言ってくれた。
幸せを望んでいい人間では無い自分に幸福たらん事を願う。
少年のかすれた声に何かを感じたのか、男は
握られた袖の手を握り締めて話しかける。
「約束、してくれないかな。
正義の味方にならないって」
義父の離しがたい暖かな手をつないで少年は答える。
A 約束する。正義の味方にはならない。(巻き込まれルート)
B 約束出来なかった。爺さんみたいな男になりたい。(自分で決めた道ルート)
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最終更新:2007年03月10日 20:08