533 :運命夜行  ◆ujszivMec6:2007/03/08(木) 01:50:48

 ―――それから十年。
 オレは、衛宮杏里として、この衛宮邸で暮らしている。

 衛宮邸の朝は早い。
 何しろ、朝食が六時半に始まる。
 それまでに起きる事ができなければ、寝坊扱いである。
 で、枕元の時計の針は六時四十分を指していて。

 ―――要するにオレは寝過ごしたらしい。

「って、のんびり状況把握してる場合じゃねーッ!」

 何しろ我が家には、飢えた虎が居ついている。
 いつもの時間に食卓についていないと、
「杏里まだ起きてないの? 仕方ないなあ。じゃあ杏里の分のおかずはおねえちゃんがもらっちゃうね。ふっふっふ、寝坊する方が悪いのだ」
 と、こんな具合にオレの分の朝飯が無くなるのである。
 可愛い後輩である桜がわざわざウチまで来て作ってくれる手料理、食いっぱぐれるわけにはいかないのである。

 布団から飛び起き、制服に着替え、(所要時間三十秒)
 洗面所に移動し(十秒)
 顔を洗ってタオルで水気を拭き取り、(五秒)
 口を濯いで、(五秒)
 居間に向かって走る。(十秒)
 ジャスト一分。
「オレの朝飯は無事かーッ!?」
 と、居間になだれ込んだ。

「おや?」
 何があったのだろう。
 士郎が悶絶している。
 桜は慌てて水を用意している。
 藤ねえは何故か新聞を読みふけっている。
 オレの朝飯は―――ちゃんと用意されている。

「なんだ、無事じゃん。……お、今朝はとろろ汁があるのか」
 着席して、いただきまーす、と手を合わせる。
 士郎の席にあった醤油を借りて、とろろにかける。
「ま……待て……杏里……その醤油……いや、ソースは……」
 士郎が何やら呻いているが、気にせずとろろを飯にかけて口の中にかきこむ。
 むう、このとろろの粘りがなんとも醤油のピリ辛さと生臭さに調和して……

「げぶっ……! これ醤油じゃねえ!? ソースか? しかもオイスター!」

「ふははははははは!」
 ばさり、と勢いよく新聞紙を投げ捨てる藤ねえ。
「まさか士郎に続いて杏里までかかってくれるとは! みたか、朝のうちにソースとお醤油のラベルを取り替えておく大作戦!」
 わーい、と手を上げて喜ぶ藤村大河二十五歳これでも英語教師。

「こ、このアホン虎! いい年して恥ずかしくねえのかアンタ!」
「ふふーんだ、昨日の恨み思い知ったかっ!
 みんなと一緒になってお姉ちゃんをいじめる性悪兄弟には、当然の天罰ってところかしら?」
「どこが天罰だ! 思いっきり人為的じゃねーか! つーか士郎も先に引っかかったんなら止めろよ!」
「……いや、止めようとしたぞ。杏里が俺の言葉を聞かずに勝手に食べたんじゃないか」
 桜の汲んできた水を飲んでようやく士郎が回復した。
 あー、そういや、なんか呻いてたっけ。止めてたんだ、アレ。

「それじゃ、ごちそうさま。朝ごはん、今日もおいしかったよ桜ちゃん」
「ぁ……はい、おそまつさまでした、先生」
 いつの間にやら藤ねえは朝飯をきっちり食い終えていたらしい。
 ……ってオレの朝飯もきっちり平らげられてる!?
「あはは、杏里はまだ懲りずに私を虎と呼んだから天罰その2なのだ!
 それじゃあテストの採点があるから先に行くわね。三人とも遅刻したら怒るわよー」
 だだだだだー、と虎は走り去った。

「……士郎、朝飯余ってねえか?」
「すまん杏里。残りの食材は弁当のおかずにしちまったから余りは無い」
「……そっか」
「あ、俺の分のとろろはあるぞ。オイスター味だけど」
「いらんわっ!?」


534 :運命夜行  ◆ujszivMec6:2007/03/08(木) 01:51:52

 ――――とまあ、朝にそんな事件があったので、オレは今朝ろくに朝飯を食えていない。
 いや、あの後士郎と桜からちょっとずつおかずを恵んでもらえたものの、二人とも、ほとんど食べ終えていたため本当にちょっとずつだった。
 そのため、二時限目が終わる頃にはほとんどガス欠になってしまったのだ。
 だからこうして、早弁をしてしまうのも仕方の無いことなのである。
「というワケなのでいただきます」
 ぱかり、と弁当の蓋を開ける。
 とたんに2年A組の教室に美味そうな匂いがたちこめる。
 ……ん? 教室?

「おーい、衛宮が早弁しようとしてるぞー!」
「何ー! どうりで美味そうな匂いがすると思ったら!」
「むう、これは衛宮特製弁当……!」
「知っているのか雷電!」
「うむ、かつて古代中国に現れたという伝説の弓兵、衛・巳矢は料理にも長け……」
「なあ、これってC組の衛宮の双子が作ったって弁当か?」
「俺は衛宮の家に通い妻してる後輩の娘が作ったって聞いたけど」
「通い妻の後輩だとー!? そんなものがこの世に存在するわけねー!」
「ふーん、これがあの子が作ったお弁当なんだ……」
「ほう、なかなか美味そうな弁当だな、衛宮」
「これってアレだろ? C組の生徒会長も虜とかいう伝説の弁当。アタシも一度食べてみたいと思ってたんだよねー」
「えーと。遠坂さん、鐘ちゃん、蒔ちゃん。そんなに人のお弁当覗き込むのは失礼じゃないかな……
 あ、でも本当に美味しそう」

 ……しまった。教室で開けるべきじゃなかった。
 一瞬にして弁当の周りに現れた欠食児童たち。
「つーか何だテメェら! どっから湧いた!
 あ、こら、そこ、勝手に摘んでいくんじゃねえ!
 ああ! テメエ! よりによって紅鮭を持って行くな!
 テメエら……いいかげんにしろー!!」

 こうして、士郎と桜の合作弁当は、クラスメイトと言う名のハゲタカ達に、三分の二を持って行かれたのだった。まる。



 ……昼休みである。
 四時限目が終わり、ようやく昼休みである。

「あー……ようやくまともに飯が食える……」
 とはいえ、弁当箱は既に空っぽ。
 昼飯はどっかで調達するしかないわけだが……

 吊るされた男の逆位置:学食で肉の味しかしないランチを食べよう

 女帝の正位置:購買で適当なパン買って適当な所で食べよう

 節制の正位置:生徒会室へ乱入して士郎に弁当を分けてもらうか

 恋人の逆位置:弓道場にお邪魔して桜に弁当を恵んでもらうか

 教皇の正位置:そうだ商店街へ行こう!

 女教皇の正位置:いっそ新都まで行こう!

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最終更新:2007年03月09日 03:27