621 名前: 僕はね、名無しさんなんだ [sage] 投稿日: 2007/03/11(日) 00:24:28


 本は隆起による肥大化を止めず増大する。
 溢れ出したページから血管が蠢きだした。
 表紙の隙間から苦悶の泣き声と赤褐色の液体が零れ落ちテーブルに池を作りだす。
 理解しがたいラテン語の文字が血溜まりから噴出し高密度の情報として脳内を犯しだした。

 アゾートに関する記述文章が士郎を翻弄する。
 曰く、素材は水銀である。辰砂から練成され塩と■■■で生み出されしスープ。
 否、ウロボロスである。環より逃れる術は無し。永遠に踊れ。
 Azothとは暗号である。世界霊魂から智識を引き出し謎を解け融け溶け──

 強い衝撃が疾り士郎は目を覚ます。
 翁の振るった杖によって頭部を打たれ正気へ
戻った彼は手を握り締めて自身がまだ現世に居る事を確認する。
 頭髪は汗で肌と密着しており不快感を隠せない。
 今しがた見た光景を尋ねる様に視線を老人へ向ける。
 臓硯は呆けた様な表情で士郎を見ていた。

 「……お主、何をやっとるんじゃ?
  こんな気色悪いモノを真面目に眺めてなんになる」

 「間桐の爺さんが見ろと言ったんじゃないか」

 「つかぬ事を訊くが、切嗣から何も教わらなかったのか?
  作法というものがあっての。決して真剣になって読むでない。
  何度も流し読みして内容を把握するのが基本じゃ。
  精神力のある優れた魔術師なら一ページぐらいは閲覧出来るかもしれんが」

 恨みがましい声で老人に抗議するが意に介した様子も無く飄々と緑茶を啜る
翁を前に脱力感を覚えて士郎は姿勢をだらけさせる。
 良い人間とは思えないが悪い人物でも無さそうに思えたので
義父の残した形見を持ってくる決意を判断させた。

 「どうだったかな……
  何か言われてた気もする。
  本を取って来る前に訊いていいか?
  切嗣とはどういう関係だったんだ?」

 「実はよく知らん。
  顔を会わせたのも数回のみじゃ。
  ただ冬木に住まい、未知なる力を顕現させて
  邪神の眷属と戦っておったのは間違いない。
  言葉を交わした事さえあったかどうか覚えとらんよ」

 「しかしの、その姿はそこにあるだけで強い安心感を与えたものよ。
  ワシ以外にもあれらを認知できる者が居るという事はの。
  歴代の家系を誇る魔術師でも一代で忘れてしまいおる」

 「気がつくだけマシじゃて。皆無かった事にして眼を逸らす。
  先達が残した知識や戦う術さえも捨ててどうするのやら……
  切嗣のおかげでかつての仲間が死に絶えた後も孤独では無かったのぉ」

 義父を語る臓硯は昔を懐かしむ様にテーブルを撫でる。
 少女は翁を見て緑茶の入った湯呑みを置こうとする動作のまま固まった。
 自分の知らない所でもやはり切嗣は誰かのヒーローであった事に
充足感を覚えて士郎は立ち上がる。

 自分の部屋へ足を向けて机から取り出した義父の遺品。
 黒く、禍々しく、されど目に写せば安らぎを覚える。
 奇妙な魔本を手に取り客間へ戻るさなか、士郎は過去を振り返っていた。

 (爺さんって俺に何か教えてくれたかな。
  魔術の事を教えてくれと強請っても面倒だから嫌と言ってた様な?) 

 怠惰な巨人と共に生きた記憶を思い浮かべて足が軽くなる。
 確か──

 A 木枯らし吹き荒ぶ秋、魔術の基本的な使い方を教わっていた(魔術回路etc)
 B 春の陽気に誘われて一緒に変な歌を謳っていた(賛美歌)
 C 夏の終わり、何故か宿題を一緒にしていた(漢字ドリル)

 D テンポが遅い気がしてきたので今後少し早送りする?
  (大事だと思う部分の描写は絶対する。安心して楽しく見て貰える様なSSを心掛けたい)

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最終更新:2007年03月11日 03:54